第2話
私は下駄箱とは反対側へと歩いている。
この先は教室棟と実習棟に挟まれた中庭があって、その通路の途中にある自動販売機が私の目的地だ。
休憩のお供に冷たいジュースでも、とスカートのポケットから五百円玉を出して、コイントスのように弾いてキャッチした時、実習棟の窓に狼──いや、数学の先生の姿があって、こっちを見てはいないけれど私は慌てて自動販売機の側面に隠れた。
より見つからないようにしゃがんで様子を窺う。
なんでこんなにうろうろしてんのさ! ここ
とりあえず顔が見えないようにと、首に掛けていた赤いスポーツタオルを頭に被る。
まるで泥棒のように、こそこそ、こそこそ。
……よっし、あっち行った──。
「──あのー」
突然後ろから声がして、驚きの余り肩が、びくーっ、と跳ねて目もめっちゃ開いた。
「大丈夫っすか? 具合悪いとか?」
ん? ああ、こんなとこでうずくまってりゃそう見えるか。
私はタオルを首に戻した。
「いえいえ、全然。ちょっと隠れんぼ──って、
「何だ森岡かよ。んなとこで何してんだ?」
中学の時からの同級生で、今は同じクラスじゃなくて隣の二組。
この学校はクラス替えを廃止したので、これからも同じクラスにならない。
ちなみに学校の名前は
立ち上がった私は、ふーっ、と胸を撫で下ろす。
「何、マジ具合悪ぃの?」
まだ中腰な私に伊吹はまた聞いた。
「違う違う。ちょっとね──狼から隠れてんの」
「はぁ?」
にひっ、と笑ってそう言うと、伊吹は怪訝な顔のままこう言った。
「まぁ元気ならいいや。久しぶりだな、お前と喋んの」
「ん? そういやそうかもー」
クラスも違えば部活も違うし、なかなか会う事も少なくなった。
「背、めっちゃ伸びてない?」
「そりゃあな。俺、男だし」
中学の頃は同じくらいだったのに、今は目線が上だ。
私も一センチくらいは伸びたんだけどな、と五百円玉を自動販売機に飲ませた。
オレンジ……リンゴ……烏龍茶……。
どれにしようか指をうろうろさせていると、伊吹もバッグから財布を取り出した。
「で、森岡は何してんの? 部活は?」
「今日は部活やっすみー。伊吹は? アチェ部」
伊吹は中学から続けているアーチェリー部に所属している。
私は料理部だ。
「休み。帰ってたんだけど忘れもんしてさ、戻ってきたとこ」
「お、じゃあ暇だ。せっかくだし校内散歩でもどう?」
「ははっ、何だそれ」
久しぶりの伊吹の笑いに私も笑った。
オレンジジュースのボタンを押して、そのパックとお釣りを取り出す。
「実は居残りさせられてんの」
「はーん……逃げたな?」
おう、バレてら。
「まぁまぁ、ちょっと休憩って事で付き合ってよ。一人だと余計に暇なんだもん」
「……じゃあ俺もオレンジな」
交換条件か、と伊吹が財布をバッグに直したので私は奢ってやる事にした。
「さーんきゅ。じゃ、どこ行きますか」
そうだなー、と中庭の向こうに目をやった時、こっちに歩いてくる生徒に目を奪われた。
綺麗な黒髪……血みたいな色の唇……。
「──あの人、めっちゃ綺麗」
「ん? ああ、有名な先輩じゃん」
早速オレンジジュースのパックにストローを挿している伊吹が言う。
聞けば、アチェ部の先輩があの綺麗な先輩に告白をしたらしく、一瞬で断られたそうだ。
今まで何十という男子生徒を振ったのだとか。
そんな人存在するんだねぇ……っていうか、同じような髪型なのにどうしてこうも違うんだろ。
私は少々癖っ毛の髪を撫でつけた。
「うぉ、今の見た?」
「何を?」
「あの先輩、笑わないってのが有名のひとつなんだけどさ、さっきちょっと笑ってたっぽい。超レア」
伊吹は嬉しそうにオレンジジュースを飲んでいる。
「……伊吹ってああいう綺麗な人が好きなんだ」
「いや? 正直あんなキレーな人といたら緊張して何話していいかわかんねぇよ。それに俺はよく笑う奴がタイプ」
「ふーん」
「お前は?」
私はストローを噛みながら答えた。
「よくわかんない。そういう好きとか、なった事ないもん。三年になればわかるかもねー」
「……そっか」
ん? 何か変な事言った?
伊吹は私をちら、と見下ろしてから、すぐに中庭の方に目を戻した。
綺麗な先輩はどうやら教室に戻るらしく、私が来た道を歩いていく。
「──ねぇ、三年生の教室行ってみない? 今なら人いないと思うしさ」
先輩が笑ったところも見れるかもしれないし、と私は先導して歩き出した。
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