第5話 隠蔽の善悪



 無限の時が 鼓動 を止め、人は音もなく 炎上 する――





 そんな 見出し の‘ライトノベル’の タイトル を思い出そうとしたが、

どうしても思い出せない。すぐそこまで、出かかっていたんだが...



「おい、どうした? 気分でも悪いのか?」

「いや、ちょっ  ... ゔ、ぅぅぇ...  」


 数学の先生の問いかけに、軽口で応えようとしたのだが、

急激に 胃の中 の内容物が、喉元にまで、込み上げてきた


「おい、吐くなよ! 教室では、『禁止事項』だぞ!」

 親友の悠真(ゆうま)が、とっさに口にしてくれた


 オレは、慌てて自分の喉元を両手で絞めつけ、廊下に出る


 この教室の隣は便所だ。男子か 女子か は忘れたが、急げ

あとは、便器まで顔を近づけて、吐く。...胃液しか出てこない。それでも、吐いた



 吐きながら、



職員室の前で 立ち聞きしてしまった あの言葉 を呼び覚ます



後ろの席の子が、本当は 転校したのではない という真実を――


 起こるはずのない、不遇を越えた 事故死 だったという事実を――



「これで、2人目だぞ。オレの後ろの席の子が亡くなったのは...

 なんなんだよ、これ」



 消化不良を起こした 言葉 が、感情が、口から溢れ出す

気持ち悪さと、胃を刺すような痛みが 何度も込み上げてくる

正面に見える便座が グルグル と回転ながらは、焦点が定まらない


 虚ろな目で前を向いていると、後ろで、ゆっくりと扉が開く音がした




「これ以上は、詮索しないほうが良い」



不意に、背後から木霊するような 清涼感のある声がした!


 はっ、と後ろを振り返ると、担任の先生が 立っていた

青白い顔から眼鏡がずり落ち、息を切らしながら 出入口側に――


「せんせい...」


 心配して来てくれたのか。そうだよな、1年以上の付き合いだもんな

そりゃ、そうか...


(だが、詮索するな って、どういう事だ?)


 先生は、背後から ゆっくりと 近づいてきて、背中に手を置いた

その手が、なぜだか ひんやりと冷たく 重く感じる

それに、泣いている・・・のか?



「まったく、お前って奴は、どうしようもない奴だな

 慌てて教室から出て行ったかと思えば、女子トイレを 覗きに 行くとは」

 


 なっ?!Σ(゚Д゚;)


「それも、便座の裏側! 裏側だなんて...

 先生は、悲しい

 去年は こんな馬鹿な事をする子じゃないと思っていたのに」


 (いやいやいや...、なに言っちゃってんの!この先生!よく見ろよ!)


「先生はな、大概の事は 多めに見てやろうと決めていたんだ

 何せ、不穏な噂の流れる教室のクラスだからな

 だけどな、授業中に教室を 抜け出してまで女子トイレの、

 それも便座の裏側を見に行くとは... 先生は悲しい。ああぁ、悲しい!」


「先生、ちょっ、声。声が大きいって」


――なんだ、なんだ?

――おい、どうしたんだ?

――廊下の方から声がすんぞ!

――あの声って、坂口先生じゃない?

――あっちって、女子トイレだよな?


などと、外が騒がしくなってきた

その中には、聞きなれた声も入っていたんだが、

おまえらは、わざとだろ...

とはいえ、ナイス フォロー


 むせび泣く 先生を残して、立ち去ろうとした。なんせ、気まずい...


「オレ、体調が悪いんで、保健室に行ってきます」

「何を言っとる。指導室が 先だ」と、先生のなまりが飛んできた




  ◇ 




 ――その後、生活指導室で3時間ばかり説教を食らい、


  陰々滅々とした表情で 教室に帰るとふたりが待っていてくれた



「どうやら、情緒不安定なのは、先生の方が上だったようだ」

 悠真と葵の2人を前に 愚痴をこぼした


「お前も大変だよな。後ろの席の奴が 1人死んで、1人は急な引っ越し

 ここが『呪われた教室』じゃなかったら、今頃、陰湿なイジメに遭ってるぞ」

「そうそう。感謝しなさい

 クラスみんなで、坂口先生が女子トイレで 1人で騒いだ事にしてやったんだから」

 

 (あわれ、坂口...)


「まぁ、『呪われた教室』の担任だから、仕方ないさ」

 悠真がそういうと、3人で笑いあった

 

「あ、そういえばさ。こんな噂、知ってる?」

「どんな?」

「本当は、このクラス 36名 だったらしいのよ

 でも、親の都合とかで、引っ越しちゃった子がいるだって」

「へぇ~ でも、噂なんだろ?」


                        ――――――どくん

  心臓が、 急に 高鳴り始めた



「へ、へぇ... ちなみにその子、なんて名前なんだ?」



                    ――――――どくん

 

「さぁ? そこまでは 」


                    ――――――どくん



「どうしたんだ、急に?」


「いや、ちょっとな...」


「あんた、顔色。また悪くなってきてるわよ」


 心臓とは逆に、顔から血の気が 引いていくのが 自分でも感じられた


「ただの噂だろ。気にするなよ」

「実は、ほんと だったりして...」

「ちょっと、やめてよ。私まで 怖くなるじゃないの」


 そうだよな、ただ...


(オレの 後ろの席 になる予定だったんじゃないか、と考えてしまった)


「あまり、考え込むなよ」

「すまん」

「そうよ。別に あんたが悪いってわけじゃないんだからさ。ただの偶然よ」


「だよな」


オレは小さく謝ると、すでに教室の中に 誰もいない事を確認した



 高くなってきた陽が 赤く染まり、共に 蒸し暑くなってきた風が、身体を包む



 不意に、あの続きを思い出した



 たしか...







―― 誰 ひとり 気づく者も無く。世界は外れ、紅世の炎 に包まれる







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