第3話:恋敵とご対面

 それから数日後、彼女の家に招かれた。


「……えっ。ここ?」


「うん。ここ」


 招かれた先は大豪邸だった。広い庭に柵で囲まれた池があり、池の中心に置かれた岩の上で、一匹の亀が池の岩の上で日光浴をしている。思えば私は彼女の職業を知らない。


「あぁ、仕事? 色々やってるよ。動画配信とか、会社の経営とか。恋人になってくれるなら詳しく教えてあげる」


 そう言って彼女は悪戯っぽく笑う。「まだ恋人になるとは言ってないです」と強がるが、内心はその悪戯っぽい笑顔にときめきっぱなしだ。歳上だけど、笑うと子供っぽくて可愛い。私は彼女のそんなところに惹かれたのだ。あと、容姿や声など諸々、全てが私の理想のタイプだ。恋人が居ること以外は。


「ただいま」


「お帰り。って、また知らん女連れてきて……ったく……」


 出迎えてくれたのはずいぶんと若い女の子。中学生くらいに見える。


「あ、この子は千歳じゃないよ」


「……えっ。じゃあ別の恋人ですか?」


「違う違う。今の恋人は千歳だけ。この子は私の娘」


「娘……!?」


 レズビアンだと言っていたのに。いや、レズビアンでも産む方法はあるけど。しかし、それにしては大きすぎる。愛海さんはまだ三十代前半だ。対してこの少女はどう見ても中学生。小学生だとしても高学年。いや、愛海さんの年齢的にあり得なくはないか。しかし——


「娘っつーか、姪っす。……親が亡くなったから引き取ってくれたの」


 呆れるように少女は言い「紛らわしい言い方すんなよ」と愛海さんを睨む。なるほど、娘は娘でも義理の娘だったのか。


「あ、そ、そうなんだ……なんかごめん……」


「……別に。愛海さん、あたしちょっと散歩してくる」


「喧嘩はしちゃだめだよ。育実いくみ


 愛海さんが言うが、育実と呼ばれた少女は何も答えずに玄関から出て行った。


「ごめんね。反抗期だから。けどまぁ、仲悪いわけじゃないから大丈夫だよ。昨日も帰りにプリン買ってきてくれたし。お茶淹れるからちぃが帰ってくるまでゆっくりしようか」


「ちぃ?」


「あぁ、ごめん。千歳のこと。ちぃって呼んでるんだ。あ、そうそう。今更なんだけど、犬とか猫とか平気? うち、犬と猫一匹ずつ飼ってるんだけど」


「あ、大丈夫です。動物はむしろ好きです。アレルギーも無いです」


「良かった。お。噂をすれば」


 愛海さんの視線の先には白いペルシャ猫。「しらたま」と愛海さんが呼ぶが、ぷいっとそっぽを向いて去って行った。しかし愛海さんが猫の進行方向を塞ぐように回り込むと『仕方ないわね』と言わんばかりに、のそのそと歩いてきて彼女の腕の中に収まる。彼女はそのまま猫を抱いてソファに座った。手招きされ、隣に座る。猫を見つめる慈愛に満ちた表情になんだか色気を感じてしまっていると、目が合った。慌てて逸らす。


「い、犬も飼ってるんですよね」


「うん。あと亀もいるよ」


「あぁ……亀は外にいましたね」


「あと、娘が部屋で蛇飼ってる」


「へ、蛇……!?」


「蛇は苦手?」


「は、はい……蛇はちょっと……」


「そっか。まぁ、大丈夫だよ。餌やりも含めて世話は全部あの子一人で、部屋でやってるから」


「餌って……」


「冷凍マウス」


「……ブロック肉ですか?」


「いや、そのままの形してるよ。こんな感じ」


 そう言って愛海さんが指差した先にはネズミを模したおもちゃ。


「……まさか、冷凍庫にあれがあるんですか?」


「キッチンの冷凍庫には入れてないから安心して」


「そ,そうですか……良かった……」


「ネズミも駄目なの?」


「ネズミ自体は平気ですけど……餌として蛇に給餌してるところを想像するとちょっと……」


「大丈夫。さっきも言ったけど、餌やりも含めて部屋で世話してるから。部屋に入らなければ大丈夫だよ」


 と、話していると、玄関の方から物音が聞こえた。犬の吠える声と共に「ただいまー」と良く通る綺麗な女性の声。声だけで美人だと分かる。


「ちぃが帰ってきた。ちょっと待っててくれる?」


「あ、は、はい」


 愛海さんから猫を預かり、猫を撫でながらしばらく待つ。それにしてもこの猫、大人しい。随分と人に慣れているようだ。

『今の恋人は一人だけ』と彼女は言っていた。今までは何人も居たのだろうか。猫に聞いても、答えはくれない。

 恋人に他に恋人が居るってどんな気持ちなのだろう。愛海さんが今付き合っている千歳さんという女性は嫉妬をしないと言っていた。そういう人じゃないと、愛海さんのような人と付き合うのは難しいのだろう。私はどうだろう。もう一人の恋人に嫉妬せずに、愛海さんの愛の形を受け入れられるのだろうか。


「美陸ちゃん、お待たせ」


「こんにちは。初めまして。愛海さんの恋人の盾石たていし千歳ちとせです」


 黒い柴犬を連れてやってきた女性は、綺麗な声のイメージにぴったりな、清楚な雰囲気の黒髪ロングの美人。愛海さんの隣に並ぶと、王子様とお姫様みたいだ。愛海さんが王子で、盾石さんが姫。

 盾石さんは犬を下ろすと、キッチンへ向かった。犬はその後についていき、猫も私の上から降りて、盾石さんの方に駆け寄って行った。カラカラと餌を入れる音と、二匹の騒がしい鳴き声が部屋に響く中、愛海さんは私の隣に座り「今、ちぃに見惚れてなかった?」とニヤニヤしながら言う。


「み、見惚れてないです」


「えー?」


「……二人並ぶと絵になるなって、思っただけです」


「あははー。よく言われる」


「……愛海さん、あんな綺麗な彼女居るのになんで私を好きになったんですか」


 問うと、彼女は「泣いている女の子を見ると、放っておけない性格でね」と優しく笑う。その優しい笑顔が、初めて会った時の彼女に重なった。

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