第四話

 お互いの生活が忙しくなる前に一度だけ、瑛と会う約束をしていた。その日はちょうど出そうと思っていた公募の締切日で、僕は最後の仕上げに取りかかっていた。時間を忘れて集中していたら、気付けば約束の時間をとうに過ぎていて、一時間も経っている。

 慌てて携帯を確認すると、瑛から何件もの着信があった。すぐにかけ直す。ニコール目で彼女が出てくれた。

『もしもし……』

「ごめん、瑛ちゃん!時間見てなくて」

 電話口からは返事の代わりに、鼻をすする音が聞こえる。泣かせてしまった。

「本当にごめん。今どこ?」

『……電車に乗って……帰ろうと……して……ると……こ』

 微かに背後から踏切の音や電車の走る音が聞こえた。人々の行き交う音もする。僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、胸が締め付けられた。

「せっかく会えるはずだったのに、ごめん」

『う……うん。小説の応募の締切、今日なんでしょ?』

「うん。思ったより仕上げに時間がかかって」

『そっか。お疲れ様。気にしないで。……早く怜央くんの作品を読めるの楽しみにしてるね!』

「瑛ちゃ」

『あ、電車が来たから切るね』

 僕が言いかける前に、呆気なく通話が切れてしまった。もう一度かけ直してみるが、出ない。

 最後に聞こえた声は、空元気だった。あれは、完全に壁を作られた。

 詫びのメールを一本入れて、再び公募に取りかかる。そうでもしないとどうにかなってしまいそうだったから。

 それ以来、彼女から連絡が来ることはなかった。何度か電話やメールをしてみたが、返事は一度も返ってきていない。次第に僕自身も気持ちに余裕がなくなって、いつしか疎遠になっていた。

 そのツケが今、来ているのだろう。もう二度と彼女に会うことは出来ないのだろうか。

 いつか彼女に会って、ちゃんと詫びたい。できることなら、今まで会えていなかった分まで、彼女の傍にいたい―———。

 そんな都合のいいことを考えながら、そのままベッドに倒れこんだ。

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