24.甦る悪夢を払う温もり
追いかけてくる。逃げても追いつかれて、襟を掴まれた。引っ張られて転び、打ちつけた背中が痛い。でもすぐに丸まった。手足を縮こめて、背中を向けて痛みに耐えるために歯を食い縛る。
「この害虫が!」
罵る声の直後、焼けるような痛みが背中を襲う。鞭、ギザギザがついた痛い方のやつだ。今日はもう動けない。明日もダメかも。声を出したらもっと酷くなるから、ボロ布を押し込んで人差し指を噛んで我慢した。指が痛いけど、背中はもっと痛い。
声を我慢する喉が痛い。泣きたいけど、泣いたら殴られる。蹴られる。我慢するしかないの。
「今日は餌は抜きだよ」
忌々しいと吐き捨てて、去っていった。全身を硬らせた強い力が抜けていく。崩れるように床に倒れたけど、このままでいたら踏まれるから。必死で這って隅へ移動した。肩に触るとぴりぴりと痛い。また服がなくなっちゃった。僕もう着るお洋服ないかも。全部鞭で破られちゃったもん。吐き出したボロ布も、前はお洋服だったんだけど。
新しいお洋服なんてもらえないし、今夜は寒くなりそう。震えながら冷たく白く凍る息を吐き出す。指先が真っ赤になって痛かった。寒い夜はいつもなる。朝は動けないくらい寒いし、赤い色が紫っぽくなると痛いの。かたかた震える僕は、いつの間にか眠ったみたい。
どんと落とされる痛みに呻いた。顔を上げると、奥様と奥様のお気に入りの大柄な男の人がいる。慌てて座り直して頭を擦り付けた。地面が汚れてても濡れてても関係ないの。頭を上げたら蹴られる。怖い、痛いのは嫌。
「お前はもう要らないわ」
帰る家がなくなった? 呆然と奥様達を見送る。怖い、痛い、僕、捨てられたの? もう誰も僕を要らないの? どうして生まれちゃったんだろう。僕が最初からいなければ、誰も嫌な思いをしなかったのに。
こんなに痛くて苦しくても、お腹は減る。目の前を走るネズミを捕まえようとして、逆に指を噛まれた。そうだよね、ネズミだって生きてるんだもん。僕の餌になるのはやだよね。もう……動けないや。
「カリス、起きよ」
揺すられて目を開ける。柔らかな布の上で、ふわふわの何かに包まれて、僕は生きていた。死ななきゃいけないのに、捨てられたのに。
「落ち着け。誰もそなたを捨てたりせぬ。もう大丈夫だ、俺がいる。わかるな? カリス」
「バエル……パパ」
パパと呼んでいいと言った。パパはお父さんのことで、僕が生きていてもいいと許してくれるの。本当に? 僕はこのままパパの子でいいの? また要らなくなったりしない?
「安心しろ、カリスは我が最愛の息子。大切な契約者だ。この命に代えても生かしてみせる」
「それは、や」
パパがいなくなったら死ぬから、一緒がいい。ぽろりと涙が溢れた。僕、捨てられた日の夢を見たんだ。怖かったし痛かった。あんなの嫌だから、僕と一緒に生きて、僕と一緒に死んで。ずっと僕を離さないで。捨てないで、いっぱいパパを好きになるから。
「わかった。ずっと一緒だ、生きるも死ぬも一緒にしよう」
安心した。ぎゅっと抱きしめたのは、狼のぬいぐるみ。そうだ、僕……アモンのお姉さんが作った羊さん着てるんだっけ。僕を包む温かさがわかって、大きく深呼吸した。全身の力が抜けていく。よく見たら、パパの膝の上だ。抱っこされてる。
ありがとう、パパ。僕を見つけて拾ってくれたの、嬉しかったの。あの日のお礼をかろうじて口にして目を閉じた。今度は痛い夢も怖い夢も見ませんように。
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