23.報復には私も誘ってくださいね
「眠ったか」
可愛いカリスの寝顔は羊の着ぐるみに縁取られ、愛くるしさを増している。目元を覆って暗くすると、すぐに寝息が聞こえた。
ノックの後が響き、入室したダンタリオンが一礼する。入れ替わりのようにマルバスが部屋を出た。先程の卵を落とした演技は見事だった。褒め言葉を添えて送り出す。
「大変お待たせしております。中間報告をお持ちしました」
「ご苦労」
大量の紙束を綴じただけの簡易なファイルを受け取り、2枚目でもう殺意が湧いた。3枚目を捲る手が震え、そこで一度閉じる。これ以上読んだら、怒りで城を吹き飛ばしそうだ。
「拝見します」
アガレスがさっと横から奪い、やはり数枚で手を止めた。震える手が怒りを堪えきれず、ぐっと握り込まれる。鋭い爪が手のひらに食い込んだ。彼も全てを読み切ることが出来なかった。
「申し上げにくいのですが、後半ほど酷い内容に……」
まだ報告書にまとめ上げていない部分の内容を匂わせるダンタリオンの眉が寄っていた。ガタイが大きな男が複雑な思いを抑え込み、言葉を濁す。悪魔とはどこまでも残酷で、他者を貶めて笑う最低の生き物だった。その悪魔すら目を背けるほどの仕打ちを、この子に与えたというなら……。
「よい、残りの報告が上がり次第届けよ」
一礼して仕事に戻るダンタリオンを見送り、震える手で幼子に触れる。鋭い鉤爪と醜く焼け爛れた己の腕、耳の近くまで裂けた口元は牙が覗き、人間が見たら卒倒するであろう呪われし我が身。だがこの子は、綺麗だと表現した。嘘偽りではなく、心から褒めて笑顔を浮かべる。この笑顔を守りたい。傷つけた者を許さない。
「陛下、報復には私も誘ってくださいね」
にっこりと微笑むアガレスの目が笑っていなかった。気持ちはこちらも同じだ。無言で頷く。すやすやと寝息を立てる契約者カリスの頬を撫でた。擦り寄る仕草は子猫のようで愛らしい。筒抜けになる純粋な思考が、悪魔の頂点に立つ魔皇帝の黒い心さえ掬いあげた。
「この子には知られぬようにせねばならん」
復讐や報復など望まない優しい子だ。絶対に気づかれてはならない。その意見はアガレスもすんなり同意した。この子は大切に保護し、誰にも傷つけられず過ごさせる。魔皇帝たるバエルがそう決めたのだ。誰にも否は唱えさせぬ。
「憂鬱だが、まずは報告書をすべて読むところからか」
「陛下からお先にどうぞ」
「遠慮するなどアガレスらしくもない」
報告させた以上、見ないフリは出来ない。この子が幼い身でどれほどの仕打ちを受けたのか、知らずして復讐など出来ないだろう。だから目を通す覚悟は決めた。だけど、望んで読みたい内容ではない。押し付け合うように互いに遠慮してみたが、諦めて半分に分けた。
それぞれに溜め息をついて、目を通し始める。部屋から滲み出る怨嗟と憎悪を感じ取ったのか、その日は追加の書類が運ばれてくることはなかった。
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