帰り道と黒い面

「あー、疲れた」

「般代さん、絶対疲れてないよね……声が元気すぎる……」

 げっそりとした顔でふらふら歩く僕と、あっけらかんとした顔ですたすたと歩く般代さん。本来なら逆なんじゃ……。

 僕のぼやきに、般代さんは「そうじゃなくて、疲れの質が違うの」と反論する。

「ティム君の疲れは勉強とかの普通の疲れでしょ? 私のは『バレないようにしなきゃ』っていう気疲れなの。……私が大っぴらにトクリュイエだってバレたら大変でしょ?」

「あー、うん。本当にそうだったらね」

「ティム君、絶対信じてないでしょ」

 湿り気がたっぷりな目で睨んでくる彼女を横目に、学園からの帰り道がてら、今日の晩ご飯を考えながら露店を見て回る。

「――今日は疲れたし、出来合いのものでいいかな。そこのパン屋で何か買って、あとは――って、般代さん?」

 じめっとした視線が消えた事に気付いて、辺りを見回すと、彼女は少し離れた衣服店にあるローブを物色していた。

「……何してるの?」

 あからさまにギクゥッ! と飛び上がった彼女が振り向くと、目があからさまに怯えているように見えた。

「――あ、ティム、くん? よかったです……」

 『日本人としての般代葉那』で話してるけど、目線で(なんで今話しかけてきたの?!)と訴えてきてる。

「だ、だって急にいなくなったから迷子かと……」

「そ、そう、です……」

 しおれたようにうなだれる彼女、さっきはうっすら感じた怒気が消えたという事は、ちょっとほんとに心配させたことに反省しているのかな……?

「――で、なんでローブなんて?」

「あ、えっと……かお、見られる、の、はずかしい、で」

 泳いでる目を見て、僕は察した。

「わかったよ。それじゃあ、このローブでいいの? 髪が黒いから合わせで黒色でいい?」

「は、はい!」


「~~~♪」

 とてもそのローブを気に入ったのか、般代さんはそのローブを僕が買ってすぐ、その場で着始めた。そして今、夕食を買っている時でも裾を持ってパタパタしている。

「般代さん、かなり気にいったみたいですね」

「ティム、くんが、買った、くれた、もの、だから!」

 にこやかに笑う彼女――その方向を見なければよかった。

 そう公開するには、もう遅かった。


 一瞬見えた、裏路地に引きずり込まれるのを抵抗していた、腕。


「っ!」

「ん? ティム、君」

 なんでもない、と言おうとして、口が開かなかった。

 何をどう考えても――人さらいの現場じゃないか。

「――ティム君、二つ、選択肢をあげる」

 鋭い声音で、『般代さん』が問いかける。

「一つ目。まだ何も知らずに置いとくか。二つ目、この国の穢れた部分――私たちが、この計画を立てた理由を見るか」

 低く、鋭い声。『彼女』では初めて聞いた、怒った時の声。

 その問いかけに、僕は、答えられなかった。

「……そう。」

 悲しそうに目を伏せ、すぐに、また僕に目線を向ける。

「なら、このまままっすぐ家に帰って。聞きたくなっても、答えてあげられるかわからないけど」

 それじゃ。

 そう言い残して、彼女は路地裏の奥に駆け出した。

 彼女を、止めようと思って伸ばした手は、空を切った。

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