比較

「――しっかし、可愛くなったねー、テルお姉さんも!」

「葉那ちゃんだってこんなきれいになっちゃって! このくらいちっちゃかったのに!」

「いや、さすがにそこまでチビじゃなかったと思うけど⁉」

 料理を作る私の傍らで、自分の太ももの中程を指しながら言う彼女に、私は流石に否定した。いくら六歳といえど、そこまで小さくなかった……はず。

 手早くキャベツ―に似た薄い葉野菜―を千切りにしながら、切ったそれを銅製のボウル――アルミなんて高度な精錬技術がいる物はこの国にはない――に移していく。

 その中には既に、白く、すこしとろみのついた液体が入っている。

 そして、傍らには肉屋さんに頼んで、薄く切ってもらった豚肉が並べられている。

「……で、葉那ちゃん、あたし何したらいい?」

「あー、うん。テルお姉さんに手伝わせるの怖いから、とりあえずお皿の用意だけしてくれる? できるだけ平たくて大きいのを、4枚あったら嬉しいかな」

 りょうかーい、と軽い返事で食器棚に向かうテルお姉さん。その間に私は平型の片手鍋--日本でいうフライパンを手に取って、これまた日本でいうフライ返しを調理器具入れから取り出す。

 朝からずっと灯っている調理用のストーブにフライパンを置いて、油をひき、熱しておく。

 その熱されていくフライパンを傍目に、肉を一枚一枚放していき、作っていた生地をもう一度混ぜる。

 いい具合に、フライパンに熱が入ってきたとき、ちょうどテルお姉さんが「お皿これでいいかな?」と、少し大きめの皿を持ってきてくれた。

「おーちょうどいいよ! ありがと!」

 そういいながら、薄くスライスしてもらっていた肉をフライパンに並べて、その上からさっき作っていた生地を流し込んでいく。

「トクちゃん、今日は何作ってるの?」

「日本で教えてもらった家庭料理だよ。お好み焼きっていうの」

 本当はハンバーグとかでもよかったけど、この国には『挽き肉』という形態がないから一から作らないといけないのが面倒だし。

「――それに、手軽に作れる日本食で思いついたのがお好み焼きだし、ねっと」

 フライパンをひっくり返すと、ちょうどいいくらいに焦げ目のついた焼き色が顔を出した。想像以上の出来になっていて、我ながらよくやったと思う。

「さて、お皿に移して二枚目二枚目――「トクちゃん」

 ん? テルお姉さんに声をかけられて、彼女を見る。

「そのー……『ニッポン』は、どうだった?」

「どうだった、って?」

「いや、この国と比べて、どう違ったかなーって……」

 言葉の真意をつかみかねた私に、彼女はそう言った。

「この国はさ、王都の中はこうやって平和でしょ? でも、一歩外に出て、郊外にでも行けば、その印象はがらりと変わっちゃう。

 トクちゃんの事件があった後、あたしが初めて赴任した村は、あたしを見るなり石を投げつけてきた。魔術師は来るな、国の害悪は消え去れ、なんていろいろ言われちゃったし。逆にトクちゃんはその村では神聖化されてたよ。『我々を災厄から救ってくれた者』だとかなんとか」

「――ひょっとして、そこ『カイラム』?」

「そう! ――あ、ひょっとして心当たりあったり?」

「アハハ……まあ、うん、あいつらもやばいドブだったけどね。配給制にするから採れた作物全部差し出せ、って言うくせに、9割はぶんどって、一割に行くか行かないかくらいで生活しろって感じだったし、その9割も大半は自分たちの懐にしてたからねー」

「……それ以上は聞かないでいるね、こわい……」

「それで、そのカイラムの人たちはどうなったの?」

「あ、そうだった! それでね、やっぱり最初は毛嫌いされてたの。やっぱり術師ってだけでかなり嫌悪されてたなー。でも、赴任した2年、一緒に農作業したり、付いてきた後輩ちゃんにも色々教えてあげることができたりして、最終的には別れるときに『また来てください』って言われるようにまでなれたんだよ!」

「おー! さすがテルお姉さん!」

「――でも、それでいやというほどわかったし、思い知らされたの。どれだけ、トクちゃんの言っていたかとが事実だったか。私たちの前の刀剣魔術師は、一体どんな劣悪な人だったんだろうって。それで、トクちゃんのことを思い返して、外の国って、どうなってるんだろうって、思ったの。」

 そこまで言われて、なんとなく察した。

 ――だから、咲きまわって答える。


「――日本で、私は、幸せだったよ」


 その言葉に彼女は表情を変えない。

「最初は、サバイバルだろうと何としても生き残るつもりだった。けど、色々あって、向こうで家族ができて、友達もできて、学校にも通わせてもらえて……何の変哲もない、普通の日常。それを送れたんだよ」

 これは嘘偽りのない、純粋な私の気持ち。『般代葉那』としての、気持ち。

 そして、

「――あとぉ、アレにぃ、たいするいかりもぉ、ふくれたけどねぇ?」

 『トクリュイエ』としてのこの気持ちも、本当の気持ち。

「……あんなふうにぃ、みんながいきれるぅ。そういうくににするのがぁ、いまのもくひょうだよぉ?」

「トクちゃんトクちゃん素が出てるって!」

 テルお姉さんの声に我に返った、あとなんか焦げかけの匂いも……あ。

「あーーーっ! お好み焼き!」

 慌ててひっくりかえしたら、さっきより濃いめの焦げが片面に出来上がってた。

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