追憶と会話
さて、食べる人数が増えたからどうしようかな、献立。
「あ、私が作るよ」
不意に般代さんが席を立って、言い出した。
「え? でも料理は」
「大丈夫、この前のフェミマでも料理の腕前はわかったでしょ?」
「ま、まあね」
確かに般代さんの料理スキルはなかなか高い。この前作ってくれた料理でそれは納得してる。
「あ、じゃああたしも
「テルさんはだめです、絶対とんでもないことになるから。というか一回なりましたからね⁉ 忘れたとは言わせませんよあの生命体!」
ゔっ、といって、そのままうなだれるテルさん。2年位前にテルさんが作った料理で謎の生命体が生まれてしまったんだけど、それはまた別の話。
「せ、せいめいたい? ま、まあわかったわ。じゃあテルお姉さんはここで待ってて。で、ティム君は」
「料理の手伝いですよね?」
僕はそう予想して彼女に問いかけた。だけど、実際の答えは違った。
「ん-、それよりもティム君は、この家で一番落ち着くとこで頭空っぽにしてボーってしてて」
「はーい……え?」
え、ぼーっと?
「な、なんで? 僕も手伝った方がいいんじゃないですか?」
「まあ手伝ってほしいのはやまやまだけど、それよりも今、ティム君の頭が結構働きすげて悲鳴上げてるなーって思って」
――頭を、働かせすぎて?
まあ、確かに最近理解が追いつくのに時間をかける事柄が多くあったけど(トクリュイエとか『国家転覆計画』とか)、でもそんなに心配かけるほど?
「だ、大丈夫ですよ。そんな心配しなくたって
「や、す、ん、で?」
「は、はい」
有無を言わせない圧を感じて、大人しく自分の落ち着くところなしを進めた。
木でできた階段を上り、二階に上がる。上がってすぐ右にある僕の部屋に入り、扉を閉めた。
ベッドと本棚とクローゼット、あと部屋の中央にある、ちょっとしたテーブルしかない僕の部屋。そのテーブルに乗って、天井にある、触ってみないと気付かないような窪みに手をかける。
そこは、僕の屋根裏部屋——父さんも知らない、ひそかに作った部屋だ。
少ししか物の置かれていない僕の部屋、それよりもさらに質素さこの部屋に置いてあるのは、一振りの木刀と、一枚の絵の入った額縁。その中には、幼いころに僕が描いた、家族の絵がある。
『ぼく、おおきくなったらパパみたいなまじゅつしになる!』
……なんて、言ってた日もあったっけ。そうだ、その時は父さんのことを『パパ』なんて呼んでたっけ。懐かしいな。
そうだ、その仲良かった時期といえば――
「——ィムくーん? いるー?」
くぐもった声に回想から帰ってきた僕は、屋根裏部屋から降りる。
「ティムくーん? あけてもいーいー?」
「はい、どうぞ」
屋根裏に通じる隠し扉を閉め、ベッドに腰掛けて答える。
「じゃ、お邪魔して……うわぁ、簡素ー」
「すみません、なんもなくて」
「え? あ、いやそういうわけじゃないんだけど……」
そういうと、彼女は僕の部屋をきょろきょろと見まわした。
「——? 般代さん?」
「——家族の写真、ないんだ」
「しゃしん?」
聞きなれない言葉に、彼女はハっとした。
「あ、そっかここカメラもなければ写真もないんだった。そりゃ通じるわけないよね。えへへ」
何の話だろう、と首を傾けると「まあそれはそうとして!」と手を鳴らした。
「ご飯できたよ、一緒食べよ」
「「————…………」」
気まずい雰囲気が僕と父さんを包む。
いやまあ、うん、なんとなくはだろうなと思ったけど、帰ってきてたんだ。
僕と父さんは完全に仲が戻ったわけじゃない、いわば再構築中だ。お互いの距離がまだつかみかねているときにつき合わせるのもどうなんだろうね般代さん……。
「——ティム」
「あ、は、はい」
不意に、父さんが話しかけてきた。
「……今まで、すまない」
「——へ?」
不意な父さんからの謝罪に、頭がフリーズする。
「いや、般代とテルから聞いた。——いままで、冷遇してきてすまない」
「そ、それはもう大丈夫ですよ。理由も何となく理解できましたし、それに父さんも忙しかったのもあるでしょうけど
「いや、ちがう」
そういうと、父さんはきつそうに顔を歪めた。
「——はじめは、自棄だったのだ。クロエを喪い、仕事にだけに精を出していた。お前と、クロエのことを忘れるために、術師としての業務、転覆のための準備に全てを懸けた。だが、今にして思えば、忘れたかったのだろう。クロエが消えたことを……」
「あ……」
それは、そうか。
僕だけじゃない、あの惨劇を忘れたかったのは、父さんも同じなはずだ。
その惨劇への向き合い方が、違っただけで。
父さんは――今だからわかるけど――任務に打ち込むことで、忘れるように努めていた。
僕は、そんな父さんの姿を見て、憎らしく思うことで、結果、目を逸らせることができていた。
「……意外と、似た者同士なんですね。僕たちって」
「ん? ティム、何か言ったか」
耳ざとく僕の呟きを聞き取った父さんが僕を向くが、「いえ、なんでも」とそっけなく答えた。
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