現実
キ、キリ、キャリリッ。
金属同士のこすれる音が、石牢に響く。
目の前で座り込んでその音を立てているのは、トクちゃん――あ、あたしが勝手に付けたあだ名だけど、トクリュイエことおチビちゃんのこと。
そのトクちゃんはといえば、座り込んで一生懸命に何かをあたしの持ってきた銃身に彫っている。
「――トクちゃん、それ何彫ってるの?」
「と、とくちゃん?」
眼をまん丸くしてトクちゃんはあたしを見……あ。トクちゃん呼びしちゃってた。
「あ、ひょっとしておチビちゃんのままだ良かった?」
「――ううん、トクちゃんでいいよ」
「はーい……?!」
ふいに聞いたその言葉に、あたしは彼女に首を向けた。
「い、今トクちゃん、普通に喋らなかった?!」
「――なに? ひょっとしてこの話し方、嫌?」
「そっ、そうじゃなくてっ!」
あたふたするあたしを見て、トクちゃんはおかしそうに――本当に、おかしそうに笑っていた。
「もー、何その顔? 私だって普通に喋ることできるよ。いつもは術師たちがみーんなクズなせいで、怨念憎悪殺意まみれになってるだけだから」
「ソ、ソーナンダー……」
思わず片言になって話しかけた。
「あ、あれ? じゃあなんで今は大丈夫なの?」
「んー、なんかあなた、今まで会ってきたクズたちと全然違うもん」
「――なにそれ? まさか弱っちいってこと?!」
「なわけないじゃん! 性根が腐ってないってことを言いたいだけ!」
困ったように眉を寄せて笑うトクちゃんに、毒気を抜かれたあたしは――
「――ふふっ」
自分の立場も忘れて、一緒に笑った。
「それで、そんなにあたし達――、というか刀剣魔術師を恨んでるのってなんでなの?」
「あーそれねー……」
少し遠い目をして、何かをこらえるように唇を噛んで、何かを呟いて私を見た。
「ねぇ、あなた――いちいち面倒だなぁ。テルお姉さんって呼んでもいい?」
「うんもちろん!」
と答えて、
(――あれ? いいよね? お話しするだけだもんね?)
……まあ、いいことにしとこ。
「――テルお姉さんはさ、辺境の村に対して、どう思ってる?」
「へ?」
あたしは首をかしげて、何言ってるのと思った。
「それは大事でしょ。だってそういう人たちのおかげで国が回ってるようなものじゃない」
「――よかった。まだそう思ってくれてる術師、いたんだ」
その言葉に、違和感を感じて、
意味が分かった途端、あたしは総毛だった。
「……あいつらは、私たちのような人達を、『人』だなんて思えてないんだよ。あいつらは、私たちを『水の湧き続ける水筒』だと思ってるんだよ」
彼女の例えを聞いたあたしは、首を振った。
信じたく、なかった。
「結局あいつらは、自己の欲求の為に、下に見ている人たちの自由や権利を奪ってでも私腹を肥やしたいんだよ」
あいつらはまさしく、底なし沼だよ。欲望に忠実な、ね。
ナタージャさんの部屋に向かう途中、トクちゃんとの話を思いだしていた。
彼女から聞いた話は、絶句するしかできない内容だった。
とある村では、村人たちは人身売買を行う術師によって蹂躙されたり、
とある村では、本来収穫の一割で済む作物収集を8割を搾取したり……。
……私が目指していた、『みんなに憧れられる術師』って、なれるのかな。
「――ぅに口利きよろしく頼みますわ。報酬はいつも通りでいいの?」
「おおよ、その代わりお前もきちんと活きのいい奴持って来いよ? じゃねえとこの前もらった奴なんて、ひと月も持たずに死んじまったからな?」
「――!」
曲がり角から聞こえてきた、何か不穏な言葉の羅列。そしてその声の主は、私も聞いたことのある刀剣魔術師の、先輩たちの声。
まだ少し遠めから聞こえてきたその声に、私は術式を使ってより一層聞きやすくする。
「ちなみによ、お前のとこってたしかチーズで有名だろ? オレの嫁が食いてぇって言っててな? 少しばかり分けてくれねえか?」
「へぇ? じゃあその対価にあなたのとこからも村民を送って来てもらっても?」
「おお、全然問題ねえよ」
この辺りから、私の耳にも直接聞こえてきた。さすがに聞かれているのがばれると面倒くさそうだと思って、すぐに曲がり角を曲がり、自分から姿を現す。
「おっ、テルじゃねえか。おつかれー」
「お、お疲れ様です、トーリャ地級術師様。フィオナ天級術師様も、」
「相変わらず硬いわよ、もっと砕けなさいよ。あなたも私たちと同じ刀剣魔術師なんだからさ」
「は、はい……」
そうはいっても、そうはいかない。目上の人たちだから緊張しちゃうし。
でも、今までの緊張とは違う、別の感情が私の緊張を増加させている。
「じゃ、じゃあ失礼します。これをナタージャ天級術師様に届けなきゃいけないので」
「ん? あぁ、トクリュイエのか?」
「いやな仕事だったでしょ? あんな人でなしの殺人鬼なんかといて」
「は、はぁ」
人でなしはあなたたちじゃないんですか? そう口をついてでそうだったのを、歯を食いしばって堪える。
「じゃあ、先に行きますね」
「はーい、お疲れさまー」
「きぃつけろよー」
そして、二人が私の横を通り過ぎ、曲がり角に消えたとき、私は今聞いたことを振り払うように、ナタージャさんのところへ向かって駆けた。もう二十歩もしないくらいで着くのに。
いつもなら、落ち着いて打つノックも、この時だけは、がんっ、がんっ! と強く打ち付けていた。
「っ! ――だれだ?」
「す、すみません! テルです! テル・アステマです! トクち――トクリュイエの拳銃をお持ちいたしました!」
「……なんだ、君か。入りたまえ」
落ち着いたように声を出すナタージャさん。許可を得た私はさっきの失態を恥じて、すごすごと入室する。
「さっきは大変失礼しました……」
「気にするな。誰にだって取り乱すことはある。その後に自分をどれだけ戻せるかが大事だがな」
その言葉は耳に入ってこなかった。そのくらいにパニックになっていたから。
それ程までに、ナタージャさんの、私たち刀剣魔術師に対する影響は大きい。
「その手に持ってるのが、彼女の遺言の残された、拳銃か」
「は、はい」
そっと手をナタージャさんのほうに向けて、布に包まれた拳銃を渡す。
「――これは私が預かっておこう。彼女に手を下したものが、彼女の親類に最後の言葉を渡すのが筋だろうしな」
「え?」
その言葉に、違和感を覚えた。そして、同時に、トクちゃんから聞いた話、そして、ある決意が固まった。
「……ナタージャさん」
「ああ、なんだ?」
「――私も、処刑に参加させてください!」
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