授業計画と雑談
「――ご馳走様でした」
またしても彼女が何か言ったけど、今回も『ニッポン』の風習だったのだろうと思って、何も突っ込まなかった。言った意味は後で聞こうと思うけど。
ちなみに、作ってくれたフェミマはきちんと僕でも食べれた。やっぱり溶ける
「よし、じゃあお腹も膨れたし、考えようかなー」
「考える? あ、もしかして、僕、いない方がいいの?」
彼女のつぶやきに、昼間のことを思い出した僕は、席を立とうとしたけど、「ちょっと?」と般代さんに呼び止められる。
「別に『転覆』の話するわけじゃないわよ? 考えるって言うのはもっと直近のことについて。というか、ティマーリエ君にも関係あるし」
「へ? なんかあった?」
その呟きに、般代さんはあきれ顔。父さんも首を横に振り、やれやれ、という感じだ。
「あー、ひょっとしてびっくりしてたから聞いてなかった感じ? 授業計画表、今週いっぱいのうちに決めないといけないんだよ?」
――え?
――え”?
「初耳なんですけど?!」
「うーーー……」
「どうした、そんな難しい顔をして」
リビングのテーブルで頭を抱え込んでいると、横から父さんが話しかけてきた。手には、湯気が出ているコップがあった。
「父さん? どうしたんですか、珍しい」
「……たまには、というより、何年か振りに、話したいと思ってな」
そう言って、僕の対面に座る父さん。ちなみに般代さんは、シャワー室に行った。
こんな言葉を残して――
「あんなに湯舟が汚れてる状態でよく入れてるわね?!」
――いやまあ、水垢とかは入る前に落とすけど、最後に入ったの2日前だから、大丈夫じゃないのかな?
っと、そうだ。なんで急に話したくなったのかな。
「――まいったな、こう向かい合ってみると、何を話せばいいか分からなくなる」
ふと、父さんが難しい顔で呟いた。多分、独り言のつもりだったんだろうけど、丸聞こえだ。
――ここは僕から話しかけた方がいいのかな。
「最近の仕事はどう?」
話しかけられる、とは思ってなかったのか、驚いた顔で僕を見た父さんは、また難しそうな顔をした。
「どう、と言われてもな。最近も外交に関して王と……」
いったん言葉を止めると、辺りを見て、
「外交に関して、あの鉄頭と話している所だ」
「てつあたま……」
あまりの言い草にぽかん、としてしまい。
そして、くふっ、と吹き出した。
「父さん、あの王様に対してそんなこと思ってたの?」
「思っているとも。というより、あの頭の固さと頑固さは、本当にどうにかならないものか。常々思っているのだがな」
うなだれる父さん。家どころか、今までこんな話する機会がなかったから、こんな父さんを見るのは初めてで、なんかむず痒い。
「時にティム、頭を抱えていたのは授業計画についてか?」
「あ、そうそう。この『座学』の項目と『実技』の項目って、同じの取らなきゃダメなの?」
「駄目、というわけではないが、取った方がいいな。これを別々にとると、頭で理解していても体が付いていかなかったり、体が覚えても、理論を知らずに落第したりするからな」
「それけっこう大変じゃない!?」
僕の疑問の声に、父さんは静かに答える。
「確かに大変だ、だが、そんな実力で術師になるということは、この国にとっての恥だ。一人前の術師になってもらうためにも、彼らには頑張ってほしい。そのために、この実技と座学は地級術師、一部の優れた学生には、私のような天級術師が教えるようにしたのだから」
最後の方の、天級術師が教える、という言葉に、唖然とした。
それはつまり、父さんを含め、現在3人しかいない最上位術師たちの経験を、直に学べるということだから。
「――本気、なんだね。後継者の育成に、そんなに力入れてるなんて」
「まあな。と言っても、それも私の代で刀剣魔術も終わりかもしれないが」
え? と僕が疑問の声を上げると同時。
「はー、のんびり浸かっちゃったー」
背中の中程まである髪をタオルで拭きながら、般代さんがシャワー室から出てきた。
「あ、お帰りなさい。なんかシャワーにしては長かった?」
「まあ、シャワーじゃなくて、湯船にお湯張って入ったからね」
へー、と普通に返しかけて、耳を疑った。
「あ、あれ? 湯舟って、シャワーから出るお湯をせき止めるとこじゃなかったっけ?」
「私もそう思ってたけど、あっちだとお湯を貯めて、それに浸かるのが普通なの。ちなみに、頻度は毎日」
「毎日?!」
毎日湯舟に入る『ニッポン』の人って、ちょっと頭おかしいのか? あれに水入れるって、生半可な水の量じゃすまないでしょ。
「あ、ナタージャさんも入る? それともティマーリエ君先入る?」
「ティム、先に入っててもいいぞ。私は少し外で鍛錬してくる」
そう言って、父さんはうちの裏にある山に、庭の方から向かっていく。
「――父さん、道中気を付けて」
初めてかけた気遣いの言葉に、「ああ、気を付ける」と言い残して、父さんは歩いて行った。
「ほんと、ナタージャさんって実直ね。いっつもあんな感じ?」
「だいたい食べ終わってから、一時間くらい経ったら鍛錬してるよ」
「そうなのね。あ、お風呂入ってきたら? お湯が冷えるわよ」
「……初めて湯船に入るんだけど」
「大丈夫、肩まで浸かれば気持ちよくなるから」
そういう意味で言ったわけじゃないけど、まあ、アドバイスとして受け取っておく。
シャワー室に行き、服を脱いで、室内に入ると、ほのかに、般代さんの匂いがした。
なんか、嗅ぎ慣れないけど、いい匂いで、しばらくいると頭がぼんやりしそうだから、すぐに湯舟に浸かる。
そして、感動した。
いつもは肌を打ってくるお湯が、柔らかく僕を包んでくれる。
――これは、確かに気持ちいい。これを知ったら、シャワ-に戻れないかも。
そうやって、呆けたまんまでいると、「まだ入ってるの?」という般代さんの声がした。
「あんまり長く入ってると、暖まりすぎて立った時によろけるよ?」
「ん、わかった」
名残惜しく、僕は湯船から上がった。
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