二つ目

「おチビちゃーん、やっほー」

「――きょうはぁ、やけにぃ、うるさいひとだねぇ」

 過去一年間の闘争を思い出し終わったところにやってきたのは、初めて見る術師だった。

 あの師団にいたのなら、私のことを憎らしく思うだろうに、そんな素振りは全くない。ちなみに、私もこんな明るい術師を知らない。

「うるさいって何よ? あたしだって、こう見えても刀剣魔術師なんだよ! ……まあ、入りたての新人だけど」

「あぁ、どおりでぇ、あかるいんだぁ」

 あきれた目をしながら、私は目の前の術師をきちんと見てみる。

 今まで出会ってきた術師に比べて、はるかに若い。まだ十代の後半、ってところかな。術師になりたてって感じがする。

「ねぇねぇ、やっぱりナタージャさんって、強かった?」

「――くやしいけどぉ、あれははんそくぅ」

「あはは、だよねー……」

 はあ、とため息をつく彼女。本当に術師に見えないんだけど……?

「――ナタージャさんに憧れて入ったのに、あんな実力の差を見せつけられたらしょげちゃうよぅ、ショックで髪の毛白くなって、早めにおばばになっちゃうぅー」

 ズーン、という効果音がよく似合う空気を出して、しょげる術師……なんか、彼女にだけは術師なんて呼ぶのは、可哀そうに見えてきた。

「――おねえさんぅ、なまえはぁ?」

「あたし? あたしはテル・アステマ。入りたての人級術師だよ!」

「あ、あぁ、そうなんだぁ」

 なんだろう。今まで術師に会うたびに会った憎しみとかが、この術師――テルお姉さんの時だけ本当に起きないんだけど。

 試しに、ほかの術師の顔を思い浮かべる。

 ――問題なく、殺意が湧いてきた。

 となると、殺意を沸かせなくする術式じゃなさそうだ。

「ひっ!? お、おチビちゃん?!」

「んぇ? ――あぁ、ごめんねぇ」

 でも、彼女にだけは殺意が湧かない。

 なんていうか、彼女が無垢な子供みたいだからかな?

 さっき漏れた殺意に当てられたのか、がくがく震えながら尻もちをついている。

「たてるぅ?」

「む、ムリ……もうちょっと待ってね」

 しばらくして、ようやく立ち上がったテルお姉さん。

「そ、それじゃ、願い、聞かせてもらってもいい、かな?」

 少し震えた口調で、訊ねる彼女。私は、計画を実行に移すために、この願いを変えるつもりはなかった。


「拳銃と、それに文字を刻むための彫刻刀が欲しい?」

「と、とのことでした! ナタージャさん、この場合、どうしたらよろしいですか!?」

 あたしは、尊敬するナタージャさんに尋ねてみた。軽視されているとはいえ、拳銃は武器の一つ。それを死刑目前の犯罪者に渡してもいいのかと思ったからだ。

「――いいだろう。弾倉は空にして、渡してきなさい」

「い、いいんですか?」

 思わず口答えして、慌てて口を抑えた。憧れの人に向かって、なんて軽率なことを……。

 けど、ナタージャさんは表情を変えずに、こう言った。

「もし彼女が彫り終わったのなら、すぐに彼女の手から拳銃を取ること。それさえすれば問題あるまい」

「あ、そ、そうですよね」

 なんでそんな考えに思い当たらなかったんだろう。まるであたしがバカみたいじゃん……。

 肩を落としながら、ナタージャさんの部屋を出ようと踵を返して――

「――君は、人級術師、だったな」

「ふ、ふぁい!」

 かんだ。急に問いかけられたら、そうなっちゃうから仕方ない、なんて自己弁護してみる。誰も聞いてくれる人いないけど。

「仕事上、私は色々な者の技術や術式を見る。君はまだ若く、剣術の方の伸びしろがたくさんある。それに術式にも恵まれた。頑張れば、天級術師にもなれるだろう」

「ほ、本当ですか!?」

「相応の頑張りがいるがね」

 その言葉に、やる気ががぜん湧いてきた。

 目の前にいるナタージャさんは、今5人しかいない天級術師、その筆頭。

 そんな人に、頑張れば、肩を並べられるといわれたのが、嬉しかった。

「――はい! がんばります!」


  ――――――――――――――――――――――――――――――――――


トクリュイエ、二つ目の願い、『拳銃への遺言の刻印』

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