追憶

「おやめください! どうか、どうかあの子は!」

「うるせぇ! ごちゃごちゃ言ってないでさっさとブツ出しやがれ!」

「ぐぅ!」

 家の床下にある物入れに隠された私が聞いたのは、グシュッ、と、人体が刃物で刺される音。

 そして、多分『ブツ』と言われたのは、私だ。

『トク、あなたには特別な力がある。王様は、それを狙っているの』

 家が燃え盛る中、お母さんが、私にしてくれた話を思い出す。

『けど、あの王様は、絶対にあなたをいいようには扱わないわ。だから』

 お母さんが、私の手に何かを握らせた。

 手の中にあったのは、包丁だった。

『もし捕まりそうになったら、これを使いなさい。あなたなら、逃げれるはず。時間は稼ぐから』

 多分、その後に続く言葉は、覚悟を決めなさい、だったんじゃないかなって思う。

 けど、それを言い切る前に、その王様の手下がやってきたんだろう、お母さんは私を物入に隠した。

 そこまで思い出していたら、唐突に、上から光が降ってきた。

「チッ、こんな感じで作ってたのかよ。そりゃ分かんねえわけだ」

 声が、村の人たちの声じゃない。どこか威圧的な男の人の声。

 片手には、血にまみれた剣を持ってる。

 膝を抱えて座っていたからか、私の持ってる包丁に気付いていないみたい。

「おい、いたぞ。例のブツだ。さっさと持ってかえ――」

 見た目で油断したのか、私から目を離し、周囲にいる仲間に声をかけた。

 それに、私は反応した。

 私がちょうど入れるほどしかない物入れから、飛び上がった私は、彼の首筋めがけて包丁を振るう。

 振ってみると、予想よりも重い包丁の重みと、生きた肉を切る生々しい感触が伝わってきた。

 ごん、となって、さっきまで首につながってた頭が、床に落ちる。

「お、いたのか。じゃあさっさと……!?」

 さっきの男の仲間らしい人が向こうからやってきた。

 飛んで火にいる夏の虫、ってとこかな。

 一足飛びでもう一人の男に近づいて、その勢いのまま、今度は心臓を突き刺す。

 上から、ごふっ、と、水っぽい咳と、血が、口から溢れる音が聞こえた。

「な、なんだ、いったい……」

「あんた達が血眼になって探してる女の子だよ」

 私は、彼の耳元でつぶやく。けど、そのまま後ろに倒れていく彼。私が駆けてきた勢いを彼が殺しきれなかったのか、もしくは。

 彼の首筋に耳を当てると、血の流れる音がしなかった。

 勢いを殺しきれなかったのと、死んだのと、二つの要因があったっぽい。

「――いたぞ! あいつだ!」

 その声は、玄関の方から聞こえた。

 このまま家にいると囲まれるかもしれない、そう思って、窓を破り、一度家の外に出る。

 ――分かってはいた。

 分かってはいたことなのに、覚悟ができてなかったと、思い知らされた。

 外に出た私が見たのは、燃え盛り、そこら中に転がった、村の皆の死骸。

 一緒にボードゲームで遊んだ、村長のおじいちゃん。

 おままごとや鬼ごっこで遊んでくれた、近所の友達。

 作りすぎたからと言って、おかずを持ってきてくれた、村のおじさんやおばさん。

 気になったことを、彼らの知りうる範囲で教えてくれた、お兄さんやお姉さん。

 そんな、親切にしてくれた村の皆が――

「――なんで」

 そう、呟かざるを得なかった。

「いたぞ! 今度こそ取り押さえろ!」

 遠くから、この惨劇を生み出しただろうクズたちの声が聞こえる。

 けど、動けなかった。

「なんで、なんでなんでなんでなんで!」

 体が押し倒される。手を後ろに組まれ、関節を極められた。

「っは! ようやく捕まえた。手間かけさせやがって」

「あんたたちは――」

 痛みは、なかった。

 正確には、無くした。

「あ、なんだこのチビ」

「ひとじゃない。生き物じゃない。ただの道具なんだ」

 私のぼやきに、目の前の隊長のような男は、下卑た笑みを浮かべ、私の頭を踏みにじった。

「人じゃねえのはテメエだろ? 郊外住みの家畜のくせに、王都の人間に――刀剣魔術師様にたてついてんじゃねえよ」

 足で頭をぐりぐりしながら言ってくる、クズ。

 その言葉に、周りにいる奴らも笑いながら、違いないと言っている。

 ――ああ、だめだ。

 もう、抑えが効かない。

「さて、じゃあこのメスガキを連れて」

「いかせるとぉ」

 が。

 外れる音がした。

「おもうぅ?」

 体が、勝手に動いた。

 いまだに握りしめていた包丁で、踏まれている足首を切り落とす。

「っ!? イ――」

 体を動かせるようになった私は、すぐに起きる。その立ち上がる間に、両膝の関節を狙い落す。

 そして、私の背と同じくらいのところまで落ちてきたこいつの頭の天辺てっぺんに、包丁をぶっさした。

 一瞬白目になったけど、すぐに何も言わなくなった。

 男が殺されるまでに、一瞬――本当に、一瞬しか経ってなかったからか、周りの術師たちは目をむくだけだ。

「このぶんはぁ」

 我に返った術師たちが、魔術を放ち始める。

 けどね、もう遅いんだ。決めたから。

 この国を、ぶち壊す覚悟を。

「きみたちのぉ、いのちでぇ、つぐなってねぇ?」

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