転覆と日常

「転覆、計画?」

「そう。はっきりと言えば、今、この国の王はクズよ。人を人とも思えてない、ただ自分が楽できればいいと思ってる、人じゃない、あれはモノね」

 彼女がそう言うと、後ろで父さんも頷いている。

 でも、そんなに悪いような政治を行っているとは思えない。

「そんなに悪い? 少なくとも、王都の中にいる分には全然苦にはなってないけど。それに、王都近辺もけっこう評判いいよ、今の王様って」

「そう、この近辺に関しては、だけど」

 その言葉に、僕は首を傾ける。

「郊外への政治はね、かなり悪政なのよ」

「ああ、私も彼女に言われてから確認したが、かなり酷いものだ。よくあんな惨いことを平気でできる物だな、あいつは」

「……」

 二人はそういうけど、本当に悪いのかな。本当に悪いのなら、もっと暴動が起きてそうだけど、僕の記憶が確かなら、暴動はあの王様になってからは、あのトクリュイエの一回しかないはず。

「それから、郊外の方が人口が多いのに、彼らを蔑ろにしているのも気に食わないのよ」

「民が幸せになれていない。だから私は、彼女に協力することにしたんだ」

「んー……」

 僕はそう言われても、やっぱりぴんと来ない。

「あー、まあ、いずれわかるよ。というより、分からざるを得ないかも、だけど」

「え?」

 今の意味深な言葉に反応したけど、彼女は何も見なかったかのように「さて」と続けた。

「そろそろ帰らないと、人払いもじきに終わるんじゃない? 足音が聞こえてきたけど」

「何? ――もうこんな時間か。お前たちは帰りなさい」

 はーい、と彼女は校長室を後にする。僕も続けて出ようとして、言いたいことが思い浮かんで、その足を止める。

「――父さん」

「ティム?」

「帰り、遅くならないでください。今日はゆっくり話しませんか?」

 僕からこんなことを言うことは、ない。

 目を丸くして僕を見る父さんだけど、その顔に、柔らかな笑みが浮かぶまで、そう時間はなかった。

「わかった。できる限り、早く帰って来よう」


 家への帰路の途中、思い出していたのは、今までの父さんの冷遇だった。

 問いかけにはなるべく答えない、言うことは事務的な連絡だけ。

 ご飯もつくらない。いつも指を切りつつ、自分の分がないからと言って料理をしているのを、黙って見ていた。

 そして、基本僕と顔を合わせないような時間に入れる仕事。

 それが、今までしてきたことだ。家族を、慮ってないんだ。そう思っていた。

 けど、今になって考えてみれば、僕に気を使ってくれてるのがわかる。

 依怙地になってた僕の視界を、別の視点に変えてくれたのが彼女だった。

 僕を危険から遠ざけるために、あえて冷遇してくれたんだろう。

 曲がりなりにも、最強の術師、それだけ人に羨ましがられている分、恨みも買っているはず。

 そして、僕は今まで知らなかったとはいえ、国を裏切る計画に参加している。僕に関わらないようにしていたのは、きっと、そういう理由だったんだろう。

 そんなことを考えていたら、家に着いた。

 王都は煉瓦でつくられている家が多い中、僕の家は木造の二階建て。

 母さんが、木のぬくもりを感じたい、という理由で創った家だって言ってた。

 ――その母さんはもう、いないんだけど。

 僕は家の玄関に足を入れて、ふと立ち止まる。

(あれ? なんか匂う?)

 家には誰もいないはず、と思って、足元を確認すると、カバンが一つ、きれいに置かれていた。

「……お手伝いさんなんて、雇ってないよね?」

 しかも女性用のカバンだし。僕の家は母さんがいないから、女性はもういないはずなのに。

 首を傾げ、どういうことかと必死に考えていた僕は。

「ひーとっつ、刻めばあいてをえらび~」

 奥から聞こえてきた歌詞に、反応した。

 背中に背負っていたカバンを放り出し、調理場に向かう。

「ふーたつ刻んでやーりかたを~」

 小さなころから聞いていた、母さんが作った、母さんだけしか知らないはずの、子守歌。

「みーっつ刻んで仕方がわっかり」

 誰が、歌ってるんだ――!?

「よんかい刻めばかんせいだー、と」

「母さん?!」

「きゃ!?」

 調理場にいたのは――

「ティ、ティマーリエ、君?」

「……へ?」

 般代さんだった。

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