死んだ幼女とクーデター


「私はね、般代葉那、そして、『王国の悲劇』の張本人、トクリュイエよ」


 呆然として、僕は般代さん――トクリュイエを見る。

「う、嘘だ。だって、トクリュイエは父さんが」

「殺した、様に見せかけたんだ。あの状況だと、偽装するのはそう難しくなかったしな」

「そして、私はこの国から姿をくらませたの。そして、こうして戻ってきた。きちんと、帰ってくるための担保としてのものを渡してね」

「私は、より彼女が帰ってきやすいように、お前を婚約者にすることにした、だから婚約者なのは、私とクロエの中ではいいことだと思っていたのだ」

「いや、だったらせめて僕に言ってくださいよ……って、子供を勝手に交渉材料にする親って」

「いやだったか? 結構きれいに育ったと思うんだが」

「そ、そういうわけじゃ、ないですけど――!」

 確かに、彼女は、かなりかわいい。

 光を吸い込むような、真っ黒な髪。視線を釘付けにする、黒真珠のような、程よく大きな黒目。触れたら程よく返ってきそうな、張りのある白い肌。

 正直、かわいさで言えば学内一だとは思う、思うけど――!

「だからって、結婚したいかどうかは別ですよ!」

「ま、そこは私が彼を惚れさせるしかないわけね」

 その言葉に、僕はぎょっとして彼女を見る。

「ちょ、まさか本気?!」

「本気よ」

 嘘だろ、と思ってしまったのは口に出さない。

「そうだ、般代」

「ん? なに?」

「例の物を返す。受け取ってくれ」

 そう言うと、父さんは机に移動し、引き出しから、一丁の拳銃を取り出す。

 その拳銃を、父さんが放り投げると、般代さんは難なくキャッチする。

 セミオートの拳銃で、その表面にはうっすらとした傷が、至る所に刻まれている。 

 受け取ったそれの引き金に指をかけ、クルクルと回す。

 そして、弾倉を取り出したり、銃口を覗き込んだりした。

 すべての確認が終わったのか、彼女はフフッと笑った。

「ナタージャさん、ありがとね。まさか10年も経っちゃうとは思ってなかったけど、まさかちゃんと持っててくれたなんてね」

「まったく、8年経った辺りからは、まだかまだかと冷や汗ものだったぞ」

 そう屈託なく言い合う二人は、なぜか古くからの友人のように見えた。

 片や、この国の根幹を壊そうとした大犯罪者。

 片や、この国の秩序を10年以上守ってきた守護者。

 もともとは、敵同士だったはずの二人なのに、なんでだ?

「そういえば、あの計画のことは彼には言ってるの?」

「『転覆』のことか? まだだ。そもそもこの子を戦力に入れようとは考えてもない」

「そうなの? まあ、死なれたらいやだしね」

「そろそろ突っ込んでもいいですかね父さん!」

 頭の理解が追いつかなくなって、僕は声を出した。

「ティム? どうした」

「いや、どうしたも何も! まず転覆って何ですか!? それにトクリュイエをどうやって逃がしたんですか?! あと二人は何でそんな仲いいんですか?!」

 とりあえず理解できてないことを全て父さんにぶつける。答えが返ってくることを期待して。

「前半二つは答えられないな……お前が覚悟を決めない限りは」

 だけど、帰ってきた答えは、僕の期待していたものじゃなかった。

 声の質も、家の中でよく見る、同じ家にいるだけの、赤の他人と接しているようなものになっていた。

 僕の中で、何かが切れた。

「――ですか」

「なに?」

「なんでですか? なんでいつもそう僕を突き放すんですか? そんなに僕を除け者にしたいんですか? 母さんがいなくなったからって、家族を見捨てるんですか? それが、あなたの本音ですか?」

「ティム? どうしたんだ急に「ナタージャさん、やめて」

 父さんが口を開き、僕に問いただそうとしたのを、般代さんが制止する。

「……般代?」

「――ティマーリエ君、って、読んでもいいかしら?」

「――あなたは関係ないでしょ。引っ込んで」

「ううん、多分、ナタージャさんがこういう態度になったのは、私が原因だと思うから」

「――へ?」

 その言葉に、僕は疑問しか浮かばなかった。

「ティマーリエ君、今から言うことは誰にも言っちゃダメ。言ったら私は」

 真剣な口調で話していた般代さんは。


「きみをぉ、ころさなくちゃぁ、いけなくぅ、なるからねぇ?」


 変に間延びした、いやに不気味な口調に。

 万人の怨嗟を代替したような、抑え込むような声色になった。

 この声を聞いた瞬間、生きた心地がしなくなった。

 さっきまで湧き上がっていた怒りも、ぶつけたかった悔しさも。

 全部、ちっぽけに感じるような。

「――その覚悟があるなら、聞いて」

「――っ」

 戻った口調に、ほっとすると同時、彼女が、正真正銘のトクリュイエであるということ、そして、彼女が言ったことを実行するだろうことを悟った。

 冷や汗が、首筋を伝う。

 その汗が、さっきまでくすぶっていた熱を奪っていった。

「……わかった」

「ティム! 正気か?」

「正気、だから、トクリュイエ……さん?」

「般代で呼んで」

 即座に否定してくる彼女。よほどその名前で呼ばれたくないのかな?

「じゃあ、般代さん。教えてください。あなたたちはいったい、何をするつもりなんですか」

 その問いかけに、彼女は、こう答えた。

「今のこの国の王を、玉座から引きずり落とす。

 この国を建て替える、『転覆計画』よ」

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