婚約と契約

 その日の放課後、終礼の後。

「ティマーリエ、くん、いっしょ、かえろ?」

「そもそも君は何なの?! あーもう! いきなり婚約者だの言われて困惑してる僕の身にもなってみてよ!」

 早口でまくし立てるけど、そのほとんどが伝わってなかったのか、「?」という風に首を傾けた。

「えっと、なに? おこってる?」

「怒ってるも何も……驚いてるって感じだけど」

「なんで? ナタージャ、さんか、クロエ、さん、から、きいてない?」

 クロエ、というのは、殺された僕の母親。亡くなったのは僕が10歳の時。ということは、両親は既に知っていたということはず。

「――父さんじゃなくても、せめて母さんが言ってくれれば良かったのに」

 ぼやいた言葉は耳に届いてなかったらしく、「ティマーリエ、くん?」と尋ねるばかりだった。

 教室のあちこちから刺さる冷たい視線が痛い。

「と、とにかく! いったん僕の家に来て。そこで父さんを交えて話そう」

 僕は般代さんの手を引いて、急ぎ足で教室を出る。後ろから口笛が聞こえたけど、気にしない。

 そして、その勢いのまま向かう先は僕の家、ではなく、この学校の校長室――父さんがいるところだ。

「――失礼します、あなたの息子です」

「ティム、か。来なさい」

 許可はもらったので、般代さんを引き連れて校長室に入る。

「どうした……般代?」

「父さん、今日は早めに帰って来て下さい。いろいろと話し合わないといけないみたいですから」

 その言葉だけ言い残して、僕は踵を返し「待て」

「――っ! なんですか?!」

「……般代、ティム。座りなさい」

「座れって、ここは学校じゃないですか? 私情のために学校を使うなんて」

「確かに悪い。だが、私は彼女に渡しそびれていたものもある。それに、家よりもこの場で話したいらしいからな」

「そんな理由で」

「――じゃあ、こっちで話していいの?」

「こっちで話すも何も学校内で、ええ?!」

 普通に聞き逃しかけて、耳を疑った。

「ふ、般代、さん?」

「ああ、いいだろう」

「ってことは、素性も話していい感じ?」

「ああ、だが少し待て。人払いをしてくる」

 そう言って席を立ち、外へ出ていく父さん。追いかけようと足を運ぶ。

「ちょっと、あなたは座ってろって言われたでしょ」

「ふわっ!?」

 般代さんに肩をつかまれた、かと思った時には、ソファに座らされていた。

「ふ、般代、さん?」

「ええ、般代葉那よ。それがなに?」

「イメージがガラッと変わった……?」

「というか、こっちが素なのよ。教室だとああしてるけどね」

「待たせたな」

 ドアがガラリ、と開く音が聞こえ、父さんが帰ってきた。向かい側のソファに座る。

「さて、どこから話すべきか」

「ひとまずは、私について話した方がいいんじゃない? あと、なんであたしが彼の婚約者になっているのかっていうことも」

「婚約、ってそうだ! なんだ僕に言ってないです?! 僕が一番の当事者でしょ!」

 その言葉に、あ、と言って、父さんは一言。

「忘れてた」

 ……いやいや。

「忘れてた、じゃ済まないですよ!」

「そうよ! というかなんで説明してなかったの?!」

「言っただろう、忘れてたんだ。許してくれ」

「そう言うのは、もう少し前もって言っておくものなんじゃないの?」

「って、っちょっと待って! 父さん、本当に彼女は誰!?」

 痺れを切らした僕は、父さんに問いかけた。

 けど、それに答えたのは。

「私はね、般代葉那。そして、『王都の悲劇』の張本人、トクリュイエよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る