『侵入』生と跡継ぎ息子

 『王都の悲劇』と呼ばれた惨劇から十年、ヴェルグリッド王国内にある学校で入学式が行われた。

 その学校の名は『ヴェルグリッド刀魔学院』、名前から推測できるように、刀剣魔術師たちを育成する学校である。

 校長はナタージャ・ルージュ。教員は皆、刀剣魔術師たちだ。

 学校は王都の内部にあり、煉瓦製の建物になっている。

 校庭と校舎、図書館などの設備があり、食事は家から持ってくる、もしくは校外に一度出て食べてくるようになる。

「――今日を以て、君たち18名をヴェルグリッド刀魔学院の生徒として歓迎する」

 そして、魔術実技を行う場所でもある体育館にて、学院の入学式が行われている。

 神妙な顔で聞く者、眠そうな顔をして聞く者、そして、呆れた目で見る者。

「――本当に外だと口調含めて尊大だね」

 そう呟くのは彼の息子、ティマーリエ・ルージュ。独り言なので、衝撃の内容であったが、反応するものは誰もいなかった。

「『悲劇』、については、皆知っているだろう。私がそれを止めた張本人である、ということも」

 その言葉に入学式に出席している全ての生徒は頷いた。ティマーリエを含めて。

「そして、そこから学んだことがある。君たちにはそれを覚えておいてほしい」

 一拍置き、ナタージャは口を開く。

「我々は、人間だ。善も、悪も併せ持つ。善性のみに長けよとは言わん。それでも、人間として、踏み外してはいけないものは見失うな」

 その言葉に、首を傾ける新入生。しかし、在校生たちは首肯していた。

「長い話は嫌いだろう。故に、私はこの言葉を以て歓迎の挨拶とする」


 入学式後、僕のクラスでは。

「なあ、やっぱナタージャさんってかっこいいよな!」「まだ40歳にもなってないのに、滲み出てるあの貫禄、さすが最強の術師だわー……」「ねえねえっ! やっぱり私、結婚するならナタージャさんみたいな渋いおじさまがいい!」「あんた前は今風な男の子と結婚したいって言ってたくせに。まあ、気持ちはわかるけどさ」

 というように、父さんの話題で持ちきりだった。

 まあ、気持ちは分からなくはない。

 最強の術式の一つである『全能領域オールマイティレンジ』。

 そして、鍛え上げた自身の剣術。

 刀剣魔術師、という面で見れば、あの人ほど強い魔術師はいない。

 だけど、父親として見るとなると、話は変わる。

 『悲劇』の終焉――トクリュイエを捕まえてからというものの、父さんはなぜか塞ぎがちで、その後に、母さんも何者かに殺された。そして、余計に父さんは塞ぎ込んだ。

 結果、家の中では、僕は僕で、父さんは父さんで生活している。まるで、お互いが赤の他人のように。

「はーいはい、みんな席に着いて、君たちの先生の登場だよー」

 ざわついていた教室が、急な人物の登場に静まり、先生、の二文字を聞いた途端、蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻っていった。

「んー? よし、みんな席に着いたね、そして、大いに騒いでいたということは、みんなの交流も済んでいることだろうし、先生の自己紹介だけするね」

 その言葉に静かだった教室から、くすり、と笑う声が聞こえた。

「先生はアウレイア・ジンって言います。『加速超過オーバースピード』の術式を持つ地級術師です……って言っても分かんないだろうね」

 その言葉に、大半の生徒は分からない、という顔をした。僕は分かったけど。

「先生たち刀剣魔術師たちには、序列があります。下から順に人級、地級、天級の三つです。先生はその真ん中の順番にいます。それなりに実力と権力があるんだ」

 みんなは初耳なのかもしれない。というのも、刀剣魔術師は階級制であることを初めて知ったかも。刀剣魔術師の階級は大々的に発表されることが『ほぼ』無いから、知らない方が当たり前だけど。

 その強さの比率は、天級術師が1人に対して、地級術師が15人でやっと勝負になるくらい、人級術師だと30人が相手でもまだ余裕で遊べるくらいだ。

 手っ取り早く言うと、この人はまあまあ強い、ということだ。

「だからみんな、早速先生に喧嘩なんて吹っ掛けないように」

 またしても教室に笑みが漏れる。

「あ、そうそう。そして、みんなに一つ伝えておくことがあります」

 その言葉に、僕含め、教室の全員が眉を顰める。

「実はね、ナタージャさんから、とある女の子を預かったんだ。是非とも、この学校で教育させてくれ、ってね」

『女の子?!』

 大勢の男子が声を上げた。

「せんせ! やっぱその女子ってかわいいのか?!」「可愛い系?! キレイ系!?」「清楚!? イケイケ?!」

「よーしよし、とりあえず落ち着け。そんながっつくな」

 いまだにざわめきが残ったが、ある程度落ちついた教室の様子を見て、「はいっていいよ」と、ゆっくりと声をかける先生。

「し、しつれい、します」

 その言葉と共に入ってきたのは、この国ではあまり見慣れない服装をした、女の子だった。

 ドレスのように見えるけど、華美過ぎず、落ち着いたイメージの服。

 その子自体も、かなり高貴そうな生まれの子に見える。

 けど、それよりもみんなの目を引いたのは、その髪と目だ。

 この国の人達は、だいたい金や茶、赤などの髪色だけど、この子の髪は、まるで、新月の夜のように、黒い。

 その目も、普通は青色や茶色なのに、真っ黒だ。

「この子は、港に流れ着いていたところをナタージャさんが拾ったらしい。名前の組み立て方から、この国と交易ができる数少ない国の『ニッポン』から来たらしい」

 その言葉に、大勢は納得した。ニッポンの人たちなら、極稀に港で見る。その人たちと特徴は同じだから、合点がいったのも早かったのだろう。

「さ、自己紹介して」

 先生が手振りを加えながら、彼女に自己紹介を促した。

「はじめ、まして。わたし、は、般代ふなしろ葉那はな、と、いいま、す」

 たどたどしく、ヴェルグリッド語で自己紹介する彼女。

 すると、急に僕の方を指さした。

「あのこ、ティマーリエ、くんの、みらいの、およめさん、です!」

 静寂に包まれた教室、そして。

『はああああああああああ?!』

 説教が、教室中に鳴り響いた。

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