儚い弾丸
時塚 有希
古い記憶
ヴェルグリッド王国、という国がある。
銃よりも学問に重きを置き、学問より剣術に重きを置く。
なぜなら、この国には魔術があるから。
それも、刀剣類にしか付与できない形で。
そんな王国にある城。その地下は囚人を拷問し、閉じ込める牢獄のような仕組みになっている。
内部には、牢獄以外にもう一つ、一人を閉じ込めるには大きすぎる部屋があった。
石でできたその部屋の中心には十字架。そこに一人の女の子が
キリスト像のように縛られた彼女は、やっと6歳になろうかという見た目で、体には布切れ一枚しか身に着けてない。しかし、彼女は奴隷ではない。
それどころか、幾百もの術師を殺した――
「トクリュイエ、起きろ」
「――はぁいぃ?」
舌足らずな声で、幼女――トクリュイエが返事をした。
「君を捕まえて、9日目だ。慣習に則り、君の死刑執行、及び、最後の願いを聞き入れよう」
凛、とした声で宣言するのは、現代最強の刀剣魔術師、ナタージャ・ルージュ。そして、その後ろには生存した魔術師たち。
トクリュイエはその言葉を焦点の合わない目で聞いていた。
「最期に思っている、今、君が思っている願いことを言ってみろ。内容次第によるが、大方の願いは聞き届けよう」
「じゃぁあぁ、あなたたちのぉ、ねがいごとをぉ、ききたいなぁ」
間延びも激しく、たどたどしい口調で彼女が言ったのは、自分の願いではなく、彼女を殺そうとする者たちの願いを聞くことだった。
さすがの内容に、ナタージャも、ほかの刀剣術師たちもたじろぐ。
「わ、我々の願い……?」
「せんのうをぉ、するつもりじゃぁ、ないようぅ? ただぁ、きになっただけぇ、だからぁ」
そんなことを訊かれても、と戸惑うナタージャだが、後方から
「俺は出世して―な、政治に口利きできる程度にはなりてえ」
「バカじゃない? お金よお金! それさえあれば願いの大体は叶うし!」
「僕は顔だね、もう少しかっこよくして欲しかったなぁー」
「使えた刀剣魔術をもっとマシなのにしたかったぜ、なんでこんな能力だったんだよ……」
「結婚してもきちんとあたしに仕事を続けさせてくれる、いい旦那さんが欲しいなぁ」
などと、自分勝手に話し始め、終いには「団長は?!」と口を揃えて訪ねてくる始末。
「お前たちなぁ……」
呆れ顔をしつつ、ルージュは、自身が思っている願い事を口にした。
「私はな――息子と嫁が安心して暮らせる国にしたい」
怪訝そうな顔をした団員たちやトクリュイエに目もくれず、自身の手を握りしめながら続ける。
「私は、今まで家族に何もしてやれてない。感謝も、愛情を伝えることもできてない。ならば、その代わりに、私が愛する家族が安心できるような国にして見せる。それが、家族を顧みていない私にできる、唯一の孝行なのだからな」
その願いの深さに、後ろの団員も、トクリュイエも黙る。恥ずかしさから、彼が目を放した時。
「あっはははははははははははは!!」
トクリュイエが、狂ったように笑い始めた。
「……なにがおかしい」
「あははは、ひーお腹いたい! いやぁだってねぇ? 搾取ばかりで、あんたらを支える民衆たちには何にもしてあげない! そんなあんたたちが安心して暮らせるぅ!? そんなの笑い話以外の何になるっていうのさ? ならないでしょ! あはははははは!」
ナタージャはその言葉に、かすかな怒りを覚えた。
「――何を言うかと思えば。我々が何も与えてないだと。この国の市民を守り、国を守っているのは我々だというのにか?」
言い返したナタージャに返してきたトクリュイエの言葉は、彼よりも――いや、彼に比べるまでもないほどの殺意と怒気に満ち溢れていた。
「ああそうだよ! 現に! 私はアンタら刀剣魔術師に消されるところだった! しかもそれだけじゃない! あんたらは私の生まれた村を! その得意な魔術で消したんだよ! 地図どころか、人々の記憶からも消え失せるほどに徹底的にね!
そんな風に無辜な国民の命を蔑ろにできる奴らに、幸せになる権利なんて、本当にあると思えるの?!」
その投げかけられた問に、刀剣術師たちは動揺していた。
一番前にいた、ナタージャを除いては。
「――なに? どういうことだ?」
「ほ、ほら団長。あんな奴の言うことなんかほっといて、さっさとやっちゃいましょ?」
「だめだ、私には、その答えを聞く責務が「いいよぉ、やっちゃえばぁ?」
またしても、間延びした声に戻ったトクリュイエを、ほかの魔術師たちは恐怖の目で見た。
だが、ナタージャは何かを決めたのか、意を決した眼で彼女を見据える。
「――いいんだな?」
「どうもぉ、このくにぃ、おうさまだけじゃぁ、なくてぇ、しんみんもぉ、けがれてるぅ」
トクリュイエは、ナタージャの問いかけにこう答えた。
「だったらぁ、もうぅ、むりぃ。ここにぃ、いるほうがぁ、はきけぇ、する、うっぷぅ」
最後の方は本気で嫌になってきたのか、顔を蒼くして答えていったトクリュイエ。
「……そうか」
そう呟くと、ナタージャは右手を、肩の高さまで上げた。
それが合図だったのか、後ろにいた魔術師たちも彼女を囲い噛むようにして散開する。
その魔術師の数、12人。
全員が並び終わったのを見届けると、ナタージャは腰に佩いている刀に手をかけ、開呪を唱える
「開け、全ての能力を統べる術式よ」
同時に、刀が淡く黄色に輝き始める。
ほかの魔術師たちも、同様に剣を光らせ始めた。
「――結局、こうする運命なのかぁ」
その呟きは。
十二方から襲う魔術によって、かき消された。
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