完結編

私が入った先には恐らく柘植段蔵とその一味、爆雷筒と弓矢の影響か、負傷した者や死亡した者もいた。奥にいるのは恐らく柘植段蔵だろう・・・


「な、何者だ。」


「・・・・甲賀の飛び丸。」


それを聞いた柘植段蔵ら徳川伊賀衆は構えた


「甲賀の飛び丸、甲賀で一二を争うほどの実力者・・・・そうか。火事となった家の持ち主はお前か。」


「ああ、お前さん、いや徳川が余計な事をしなければ、平穏に暮らせたんだけどな。」


「残念ながらこれは命令だ。それくらい分かるだろう。」


「だがお前さんたちは、いずれ消される。歴史の闇へとな・・・・」


「ふふふ、ハハハハハハハハ!」


そういうと段蔵は笑い出した。私が言ったことがおかしかったのか、それとも図星すぎて諦めの笑いなのかは分からないが、まあどうでもいいか


「我等とて黙って殺されるつもりはない。生きて生きて生き延びてやるわ!」


「あっそ。」


そういうと私は煙玉を出し、地面に向けて投げた。煙玉から白煙を出し、辺りを包んだ


「くっ、散れ!」


段蔵はそう命じたが、限られた空間の中でしか動けず、しかも負傷もあってか、うまく動けず、飛び丸によって始末された


「ギャアアアアア。」


「ガハッ!」


「グフッ。」


部下たちが次々とやられ、段蔵は何とか外へ脱出した。脱出した段蔵は呪文を唱え始めた。そこへ飛び丸が出てきて・・・・


「覇!」


「ふふふ、ハハハハハハハハ!」



飛び出した飛び丸は幻術にかかり、狂ったように笑い出した。段蔵は勝利を確信し、忍刀を抜き、飛び丸を切り裂いた。切り裂いた場所から血しぶきが飛び、飛び丸は前からバタっと倒れ、辺りには血溜まりができていた


「ふふふ、甲賀で一二を争う甲賀者もこの程度とは・・・・」


段蔵は飛び丸の死体を蹴り、仰向けの状態にすると、それは飛び丸ではなく、部下の遺体だった


「何!」


段蔵は驚き、ふと右側に気配を感じ、咄嗟に避けた。右側には飛び丸が忍刀で斬りかかってきたのだ。段蔵でなければ、確実に右腕を持っていかれていただろう。段蔵は距離を取り、飛び丸と向かい合った


「やはり一筋縄でいかぬようだな、甲賀の飛び丸。」


「ああ、残念だよ。もう少しで利き腕を奪えたのにな。」


「勝負はこれからじゃ!」


「そうだな!」


そういうと、互いに飛び道具を投げ始めた。段蔵は右肩を負傷しているため、左腕で対応している。だが利き腕でがないため、分が悪い。飛び丸の方は段蔵の幻術に注意しつつ、距離を取りながら戦っていた。そして飛び丸の投げた手裏剣が段蔵の太ももに当たった。段蔵はその場を離れ、物陰に隠れつつ、手裏剣を抜き、血止め薬を塗った


「どうした、その程度ではワシは倒せんぞ。」


「減らず口を。利き腕じゃないから上手く当たらんぞ。」


「ふん、貴様をやるには、やはりこれしかないな。」


段蔵は再び呪文を唱え始めた。すると飛び丸の視界がゆがみ始めた


「くっ、これは幻術か。」


飛び丸は苦無で自分の腕を斬りつけ、血が溢れ出たが、視界がゆがんだままだった。飛び丸は何度、腕を切りつけても同じだった


「ふふふ、我が幻術は痛み程度では解けんよ。」


「くっ。」


飛び丸は段蔵の幻術に改めて危機を感じた。旭から気を付けるよう言われたがここまでとは・・・・


「さあ、これで終わり・・・・ぐっ。」


段蔵はふと全身に痺れを感じた。口の周りも痺れて、動かせず、呪文は途中で終わってしまった。段蔵はふと飛び丸の投げた手裏剣に方をみた。まさか・・・・


「やっと効いてきたか。」


目の前には飛び丸が立っていた。やはり手裏剣に毒が塗られていたか!段蔵は口と手足が動かず、体も動かない状態に段蔵は諦め、目を瞑った。段蔵はもはやこれまでと観念したのだろうと悟った


「さらばだ。」


そういうと飛び丸は段蔵にとどめを刺した。段蔵の視界が真っ暗になり、倒れたのである。飛び丸が段蔵を眺めていると、背後より声がした


「ご苦労だったな。」


「見ていたのか?」


「あぁ、見せてもらったぞ。」


「・・・・あとは棟梁の仕事だ。」


飛び丸はそう言った後、背後に振り返らず、その場から姿を消した。俊正は段蔵を見て・・・・


「お前には最後まで役に立ってもらうぞ。」


そういうと俊正は段蔵を回収した・・・・


飛び丸は甲賀者の隠れ家に向かった。そしてキジバトの鳴き声の真似をし、隠し扉が開いた。そこには甚兵衛や甲賀仲間、そして妻の旭が出迎えた


「お前さん!」


「ああ、やっと帰ってこれた。」


私がそういうと旭が駆け出し、私をぎゅっと抱きしめた。私も負傷しつつ、抱きしめた


「おいおい、お二人さん、俺たちがいるのを忘れるなよ。」


甚兵衛と甲賀仲間は二人の抱擁に照れつつ、温かい目で見ていたのであった。場所が変わり、ここは安土城の一室、段蔵を回収した山中俊正は親戚の山中長俊と密かに会ってい


「そうか、生け捕りにしたか。」


「ええ、幻術が使えぬようにした口や手足は封じている。」


「それで良い。上様もお喜びになられるであろう。」


「それで徳川の事はどういたすので。」


「徳川殿は知らぬ存ぜぬで通すだろう。」


「それで段蔵は信雄殺しの下手人として処分を・・・・」


「ああ、これ以上、長引けば天下の乱れになる。上様にも困ったものだ。」




そのころ駿府城では柘植段蔵が捕らえられたという知らせが届いた。駿府城の一室にて徳川家康・本多正信・服部半蔵の3人が集まっていた


「そうか、捕らえられたか。」


「はい、どうやら信雄殺しの下手人として処分するそうです。」


「殿、もし段蔵が我等の事を喋れば、いかがいたします。」


「ふん、決まっておる。柘植段蔵は当家にはおらぬゆえ、知らぬ存ぜぬで通せ。」


家康はあっさりと切り捨てた。徳川家を存続するためなら、自分の息子をも処分する冷酷さがあった。息子とは松平信康のことである。築山御前との間にできた息子だが、教育に失敗し、手に負えない存在だった。しかも築山御前は嫉妬深く、出来心で築山御前の侍女であるお万と浮気し、子供を身籠った時、築山御前は寒い夜、侍女を全裸にし庭の木にくくりつけたのである。家康は築山御前の嫉妬深さに恐れつつ、疎ましくなった。次に側室にしたお愛との間に長松(後の徳川秀忠)を生み、この子を世継ぎにしようと決めた。しかし築山御前と信康がおり、何より信康の妻、徳姫は信長の娘である。家康は信康の不行状を理由に信康の処分を信長に相談し、徳姫を信長の下へ返すのを条件に、ようやく信長の許可をいただいて、二人を処分したのである


「それで家族はどうしますか?」


「監視はしておけ、妙な動きを見せれば殺せ。」


「ははっ!」


残された家族の方は夫と息子が死んだことを嘆きつつ、徳川の監視下の下、ひっそりと暮らし続けるのであった



「(うううう。ここはどこだ。)」


段蔵はふと目を覚ますと、そこは岩牢だった。手足に枷をつけられ、しかも筋を切られ、動かせなかった。口も喋ろうにも言葉が出ない。くっ、これでは幻術が使えない。すると岩牢の向こうから複数の者たちが現れた。一人はいかにも一番偉いであろう人物と、もう一人は気配からして甲賀者か・・・・


岩牢に訪れた織田信忠と山中長俊らは柘植段蔵の姿を拝見した。信忠は弟殺しの下手人であるかどうか長俊に尋ねた


「こやつか、弟を殺した下手人は?」


「はっ!こやつこそ伊賀の残党にして、京を騒がす盗賊団の頭目、石川左衛門(いしかわさえもん)にございます!」


「ふん、名前などどうでもいい。我等、将軍家にたてついたら、どうなるか教えてやる!」


「如何致しますか?」


「こやつは釜茹でにしてやるわ!京の三条河原にて盛大に行え!」


ああ、どうやら自分はこれから処刑されるようだ。それから数日が経ち、段蔵は牢役人たちに連れていかれ、京の三条河原へ連れていかれた。そこには大釜が用意されており、火がついた状態だった。段蔵は大釜の方へ歩かされ、階段を登らされ、大釜の口に前に着いた。一目見ると、油がグツグツと煮えたぎっていた。段蔵の処刑を見ようと観衆が集まっていた。その中には飛び丸と旭の姿もあった


「将軍様の弟殺しの下手人なんだってよ。」


「おお、くわばらくわばら。」


「それにして大したもんだ。」


飛び丸と旭はこれから処刑される段蔵に少し同情をした。あの男も主の命で動き、その主に見捨てられたのだ。やはり忍びは所詮、その程度の存在でしかない


「あの男も徳川に仕えなければこうはならなかったのにな。」


「そうね。」


飛び丸と旭は段蔵の処刑を見ずにその場を去ろうとしたら・・・・


「あの男も哀れなものよな。」


「棟梁。」


そこにいたのは山中俊正がいた。俊正は段蔵を信雄殺しの下手人として処分したのである。俊正は飛び丸たちの方へ向き・・・・


「我等、忍びは闇に生き、闇に消える存在だ。あの男は忍びとしての役割を果たしたにすぎん。」


「・・・・私はそんな生き方が嫌で、平民になりました。だからもう私たちには関わらないでください。」


「ふん、つれないな。分かってると思うが・・・・」


「誰にも言いませぬよ。」


「そうか、では去るがよい。」


私は旭は警戒しつつ、その場を離れた。俊正は段蔵の処刑を眺めた。段蔵は身体中、縄を縛られた状態で油の入った大釜に入れられた。段蔵は声には出せないが、地獄と言えるほどの油の熱で段蔵は揚げられ、やがて人間の天ぷらができた。観衆の中から悲鳴が響き、まじまじと段蔵の最後を見た。この後、柘植段蔵は石川左衛門として処分され、やがて芝居となり、石川右衛門(いしかわうえもん)・石川駄衛門(いしかわだえもん)と名を変えて、最終的には【石川五右衛門(いしかわごえもん)】として定着し、時の権力者に逆らったとして庶民の間で人気を集めたのが皮肉と言えば皮肉である


「さて半蔵、これでお前の主も安心しただろう。」


「ああ。」


俊正のそばにいたのは武士の着物を着て、笠を被って変装をした服部半蔵だった。段蔵が処刑されると聞き、その最期を見届けていたのである


「お主こそ、あの2人を殺さなくて良かったのか?」


「ふっ、あの2人は喋らんよ。もはや俗世と関わりたくないと言ってきたからな。」


「お主も甘いな。」


「そういうお主もあの2人を始末しなかったではないか。」


「ふん、忍びとて人間だ。我が父、保長は忍びを辞めて武士になった。そんな父を見てワシは哀れに思えてきた。」


「まあ、事件は解決したんだ。それでよいではないか。」


「そうだな。無駄話が過ぎたな。」


「ああ、さらばだ。」


それを言った瞬間、服部半蔵と山中俊正は消えた。誰にも気づかれず・・・・



飛び丸と旭は再び京のはずれで診療所兼住宅を開設した。患者たちは、やっと戻ってきたことに感激し、足を運ぶのである。何より飛び丸と旭がようやく平穏な生活を送ることができたのだから・・・・


「はあ~、平和だね。」


「そうね。」


「今は2人ですけど、来年になれば3人ですね。」


「私も父親か、楽しみだな。」


「その時は頼みましたよ、お前さん。」


その後、飛び丸は前世の知識を活用し【糧物(かてもの)】を出版した。内容は万が一、飢饉や旱魃が起きた時に「いろは」順に従って、穀物と混ぜたりあるいはその代用品として食用に用いることができる草木果実の80種類の特徴とその調理法について書かれている


また、食料の保存法や備蓄しやすい味噌の製造法、魚や肉の調理法についても書かれている。そして食糧庫を整備し、飢饉や旱魃が起きた際は、食糧庫を開くようにすることも書かれている


糧物は本来、米沢藩主である上杉鷹山(うえすぎようざん)が出版するのだが、史実よりも早く出版したおかげか、飢饉や旱魃が起きても、糧物によって、救荒食品を育て、食糧庫を全国各地に作り、飢饉や旱魃による死者が減少したことで一定の成果をあげることができた


特に東北地方や北海道や樺太や千島列島やカムチャッカ半島では糧物によって、救荒食品を奨励したおかげで、飢え死にする人が減少することができたのである。更に糧物によって、山菜が注目され、その地域の特産品として珍重され、更なる名品を作り、各藩の発展に貢献したのであった。後に本来、糧物を出版するはずだった上杉鷹山は、飛び丸こと飛田洪庵を尊敬し、藩政改革の手本としてのである


もう一つ、飛び丸は偉業を成し遂げた。それは【漢方事典(かんぽうじてん)】を出版した事である。内容は漢方薬や鍼灸による様々な病に対する処方が書かれているマニュアル本である。また薬草による効能が描かれており、後の日本の漢方医学の教本として後世まで語り継がれた。この漢方事典は日ノ本や、蝦夷地、樺太、千島列島、琉球、高山国へと広がり、日本の医学に貢献したのである。後に日本に来日したドイツの医師、フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルトは、この漢方事典の詳細に書かれている内容に感激し、日本地図と一緒に持ち込もうとしたのはいうまでもなかった。飛び丸、後の飛山洪庵は【日本漢方医学の父】として日本医学界を発展させた功労者として、後に【従五位下・典薬頭】を追贈されたのである


そうとは知らずに、飛び丸と旭は子供、そして子供が生んだ子供、2人にとっては孫たちと平穏に暮らした。日本の歴史が変わりつつも、変わらずに一人の人間として生きる道を選んだ一人の男の生涯であった








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名も無き忍びに転生した マキシム @maxim2020

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