後編

飛び丸だ。私は旭と共に京にいる。なぜかって棟梁が来て以来、一緒に行動することにしたからだ。旭を家に残しておくと、いつ刺客に襲われるか分からない。多少、危険でも一緒に行動することで、互いに周囲を警戒することができる。今日は診療のため外へ出るときは、助手として旭を同行させ、その仕事も終わり、家に帰る途中である


「旭、気配は感じるか?」


「いいえ、今のところはないわ。」


私と旭は辺りを警戒しつつ、家路へと着いた。すると飛び丸は林に向かってキジバトの鳴き声の真似をした。すると林の向こうから同じくキジバトの鳴き声がした


「異常がないみたいだな。入るぞ、旭。」


「はい。」


林の向こうには飛び丸と同じ甲賀者がいた。山中俊正の命で飛び丸と旭夫婦を四六時中見張っていたのである。といっても見張るだけで、害はなく、互いに合図を送り合っていたのである


「飛び丸たちの方は異常がないようだな。」


「伊賀のくノ一も動きはなさそうだな。」


かつての甲賀仲間がこの地で医者として働き、伊賀者の女を妻に迎え、一人の人間として暮らしている。そんな生き方をする仲間を羨ましく思えてきたが、自分たちは武士の身分に憧れて、武士として生きている。忍びは犬猫のような扱いに耐え切れなかったという思いもあって、汚れ仕事をするのである


場所が変わって、ここは伊賀の残党の隠れ家、織田信雄を暗殺した後、甲賀衆からの追跡を逃れ、この隠家に潜んでいた


「山!」


「海!」


「よし、入れ。」


一人の伊賀者が隠れ家に入った。山から筍やら山菜等を取り、ここで生活をしていた。伊賀を襲った織田信雄の暗殺に成功したが、同時に窮地に陥っていた。織田信忠は実弟を殺した下手人、特に伊賀者を殺す命を受けた甲賀者たちの目を眩ましながら、ひっそりと隠れ住んでいた


「いつまでこんな生活を続けなければいけないんだ。」


「もうやってしまった以上、仕方がねえじゃねえか。」


「何のために仇討ちなんかしたんだか・・・・」


伊賀の残党たちは信長を討った後、それぞれの道を歩んだ。1つは大名に仕えること、1つは伊賀の里の復興、もう1つは平民として生きること、そして伊賀の里を焼いた信長と信雄を殺すことである。信長と信雄を殺した伊賀の残党は、公儀の目に怯えながら、その日暮らしをしていく毎日だった。すると・・・・


「山。」


外から合言葉が聞こえた。中にいた者たちはいぶかしんだ


「誰だ?」


「合言葉を知っているのは伊賀者だけだぞ。」


全員が怪しんでいると、再び外から「山!」と語気を強めに言ってきた


「とりあえず入れるか?」


「皆、とりあえず武器を持て。」


全員は武器を持ち、一人は出入り口に立ち、「海」と答え、隠し扉を開いた。そこに入ってきたのは、かつての共に落ち延びた伊賀仲間だった


「皆、久しいな。」


「お前、生きてたのか!」


「ああ、今は徳川様にお仕えしているんだ。」


懐かしき仲間の姿に全員が胸を撫で下ろした。生き延びた伊賀仲間は徳川家康に仕えており、今は服部半蔵の下で働いているらしい


「ああ~、どうせだったら、俺も徳川様に仕えれば良かったよ。」


「それにしてもお前たち、どえらいことをやらしたそうだな。」


「お前も聞いてたのか。」


「ああ、お前らも信長の首だけで良かったのに、信雄の首まで取るとはな。」


「ああ、今になって後悔してるよ。」


「まあ、久しぶりにお前らに会えてよかったよ・・・・冥途の土産にな。」


「えっ。」


かつての伊賀仲間がそう言った瞬間、懐から煙玉を出し、地面に落とした。辺りに煙が充満し、不意を突かれたことで、咳込んでいた。煙玉を投げた伊賀仲間は外へ出た。中にいた全員も咄嗟に外へ出た瞬間・・・・


「うっ!」


「あがっ。」


全員が外へ出た瞬間、視界がぼやけ始めた。外には多くの伊賀衆が待ち構えており、その中の一人が呪文を唱えていた


「ふふふ、馬鹿な奴らめ、我が幻術にはまり追って。」


この男の名は、柘植段蔵(つげだんぞう)、伊賀随一の幻術使いであり、徳川伊賀衆の指揮者をしている。その男はかつての仲間に幻術をかけた


「アハハハハハハハ!」


「ヒヒヒヒヒヒヒヒ!」


「ヒフフフフフフヘ。」


幻術にかかった者たちは突然、狂ったように笑い出した。なぜか知らないが笑わずにはいられなかった。すると柘植段蔵は伊賀衆に命じた


「全員、殺せ。」


「「「「「はっ!」」」」」


段三が命じると、一斉に襲いかかり、幻術にかかった全員を始末した。辺りには血の雨が降り、血溜まりができていた


「悪く思うなよ。これも伊賀者が生き残るためだ。」


段蔵は冷めた目でかつての仲間を見下ろしていた。そして他の伊賀者の行方を探索を突けていたのである




ここは飛び丸と旭のいる診療所兼家、そこに山中俊正が尋ねてきた


「伊賀者が大量に殺されていた!」


「あぁ。」


飛び丸と旭は、山中俊正から伊賀者が殺されていた事を知らされた。それも無惨な姿で晒されたらしい


「やったのは同じ伊賀者だ。」


「何と!」


それを聞いた俺と旭は耳を疑ったが、冷静に考えれば、ありえない話ではない。目的のためならば、仲間すらも犠牲にするのは、どの世界も同じだ。裏切りや謀略、下剋上が当たり前の戦国時代なら、なおさらである


「やったのは徳川ですか?」


「恐らくな。徳川は伊賀者を多く召し抱えている。此度の信雄暗殺の件で動いたのだろう。」


「自分たちに塁が及ばないように・・・・ですか。」


「気を付けろよ、奴らはまだ伊賀者の探索を続けておる。」


俊正はそう言うと、旭が険しい表情で身構えた。信雄暗殺には関わっていなくても、伊賀者という理由だけで始末される


「お主たちが、共に行動している事は聞いている。一人で行動するよりかはいいが、奴らはどこからでも襲ってくる。見張りは残しておくが、一応、身辺は注意しておけ。」


「棟梁、わざわざ知らせてくれてありがとうございます。」


私が礼を言うと、突風が吹き、棟梁はそのまま姿を消した。私は旭の方を見ると、未だ険しい表情のまま固まっていた


「旭!」


私は大声で叫ぶと、旭はビクッとなり、私の方を向いた


「心配するな、いざとなったら、一緒に身を隠せばいい。」


私なりに励ましたが、所詮、気休めにしかならない。だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。なるべく人目のつかない所へ避難しなければならない。医者としての仕事は休業しなければならないが、当分は畑仕事に精を出すしかない


「・・・・ええ。」


旭は力なく返事をした。私はそんな旭を抱きしめた。旭は驚きつつ、抱きしめ返した


「私はお前と夫婦になった事を後悔していない。何があってもお前を守るよ。だから妙な事は考えないでほしい。」


「・・・うん。」


二人が抱きしめ合っている中、外では見張りに配置された甲賀者が・・・・


「ぐはっ。」


「手こずらおって・・・・」


見張りの甲賀者たちをやったのは柘植段蔵率いる徳川伊賀衆である。そして伊賀のくノ一のいる家に狙いを定めたが、一つのミスを犯した。わずかに息があった甲賀忍者が爆雷筒の導火線に火をつけ、甲賀忍者と共に爆発した。飛び丸の家に行こうとした柘植段蔵は突然の爆発に驚き、背後を振り返った


「ちっ!」


外から爆発音に気付いた飛び丸と旭は、武器と食糧を持ち、家に火をつけた。いつでも逃げられるように前々から準備しており、隠し通路から脱出した


「くそ!」


段蔵は生き残りの甲賀忍者の命懸けの知らせで、飛び丸たちに気付かれたことに苛立ちを覚えた。火の手が上がった飛び丸の家に段蔵は・・・・


「探せ!まだ遠くには行っていないはずだ!」


そのころ飛び丸と旭は隠し通路を通り、外へと向かっていた


「危なかったな、あの爆発音は間違いなく敵がきたということか。」


「お前さん、どこまで行くの?」


「甲賀の者たちしか知らない秘密の隠れ家だ、そこへ避難しよう。」


飛び丸と旭は隠し通路から外を出て、辺りを警戒しながら、無事に甲賀者のみが知る隠れ家に到着した。俺はキジバトの鳴き声をすると、隠し扉が開き、かつての甲賀仲間の甚兵衛が出迎えた


「おお、飛び丸、久しいな。」


「すまぬが、匿ってくれ。」


「いいがどうした?女連れで・・・・」


「私の女房だ。徳川の伊賀衆に追われてるんだ。」


「あぁ、分かった。」


飛び丸と旭は目的の隠れ家へ避難している頃、段蔵たちは必死で飛び丸たちを探していた


「段蔵様、どこを探してもおりませぬ!」


「ちっ!一旦引くぞ。」


段蔵は飛び丸探索を諦め、その場を引いた。夜が明け、爆発音のあったところは、京都所司代の役人たちの捜査が入っていた。その中には山中俊正も含まれていた。俊正は部下たちの死体を眺めながら謝罪をした


「すまぬ。」


「山中様、焼け跡から抜け穴が見つかりました。」


焼け残った飛び丸の家を捜査していた役人が抜け穴を発見し、入ると隠し通路を見つけて俊正に報告した。俊正は飛び丸の家にある隠し通路を見て・・・・


「あやつは無事なようだな。」


飛び丸と旭の無事を確認した後、引き続き、徳川伊賀衆の行方を追っていた。その頃、柘植段蔵たちは京における伊賀の隠れ家に潜んでいた


「くそ、もう少しだったのに!」


「段蔵様、不味いですぞ。先程の爆発で公儀隠密はきっと我等の事を嗅ぎ付けておりますぞ。一旦、京へ出て駿河へ引きましょうぞ。」


「たわけ!それが出来たら、とうに引いておるわ!」


段蔵は苛立ちまぎれに部下を叱りつけた。自分たちは所詮、操り人形、家族を人質に取られ、戻ったとしても自分たちは用済みになる。公儀隠密たちが自分達の存在を知ること即ち、背後に徳川がいるということになる。徳川がとる道は自分達を排除するだろう。自分達は使い捨てなのだと・・・・


「駿河に戻ったところで我等に居場所はない。我等は使い捨てなんだからな」


段蔵がそう言うと部下たちは意気消沈した。自分達は何のために同胞である伊賀者たちを殺したのか


「だが我等とていたずらに死ぬわけにはいかぬ。ここは逃げて逃げて逃げ延びるしかない!」


「逃げると言ってもどちらへ?」


「蝦夷地だ。」


「蝦夷地にございますか!」


「ああ、あそこは土地が広く、それでまだ未開の土地だ。それに開拓中で人手が欲しいだろう。我等も蝦夷地へ向かうぞ。」


「ですが・・・・」


「家族の事だろう。もちろん無理強いはしない。家族を人質にされた時点で我等に先はない。それだけは覚えていてほしい。」


段蔵の言葉に部下たちは迷いつつも、自分たちに先がないことは理解していたが、家族が枷となって板挟みなっていることも確かである。部下たちは悩んだ末・・・・


「「「「「我等は段蔵様に従います!」」」」」


「そうか、よくぞ申した!」


段蔵たちは徳川・家族と袂を分かち、新天地を目指して、堺へ行こうとした瞬間・・・・




ドカアアアアアアアアアアアン




突然の隠し扉が爆発し、段蔵たちはぎょっとした表情で爆破した方向を向いた。そこに無数の矢が飛んできた


「ぐっ!」


「ああああああ!」


無数の矢が段蔵の部下たちに刺さり、数人は重傷、数人は即死するほどである。段蔵は右肩に矢が刺さった。しかも利き腕で、武器を上手く操ることが出来なかった


「くっ!公儀隠密か!」


すると矢の雨が止み、段蔵たちは警戒し始めた。すると一人の男が入ってきた


「な、何者だ。」


「・・・・甲賀の飛び丸。」




話が変わり、甲賀の隠れ家に避難した飛び丸と旭、かつての仲間である甚兵衛は、此度の信雄暗殺と、伊賀者の惨殺、そして見張りの甲賀者殺害等が、伊賀者の残党とその残党狩りをする徳川伊賀衆による犯行と断定したのである


「それにしても徳川が関わっていたとは・・・・」


「ああ、恐らく伊賀者を召し抱えていたから、信雄暗殺の下手人だと疑われないためにも伊賀の残党狩りをしていたんだろう。だが見張りにつけた甲賀衆は優秀なんだけどね・・・・」


「敵は何かしらの秘術を持っているということか・・・・」


私と甚兵衛が話している途中、旭はふとあることを話し始めた


「・・・おそらく、幻術使いにやられたと思う。」


「幻術使い?心当たりがあるのか?」


「ええ、おそらく柘植段蔵あたりじゃないかしら。」


「・・・柘植段蔵、伊賀随一の幻術使いか。それだったら、辻褄が合う。奴は徳川に仕官したと聞いていたからな。」


旭の話を聞いて甚兵衛は納得したかのように柘植段蔵について話した。柘植段蔵は現在、徳川伊賀衆を管理する服部半蔵の下、伊賀衆のまとめ役を担っており、柘植段蔵が動くということは、徳川家康も動いているということ。勿論、信雄暗殺の濡れ衣を晴らすために、信雄暗殺を行った伊賀の残党たちの始末に伊賀者には伊賀者を、毒も持って毒を制するやり方を行っていた


「毒を持って、毒を制するか。」


「ああ、恐らく段蔵たちが裏切らないように人質を取ってるな。まあ人質を取ったとしても、あいつらは所詮、使い捨てだ。」


「ありえるな。」


忘れていけない、忍びは犬猫と同じ扱いであること。どれだけ優秀であろうとも忍びに対して大半の武士は偏見と差別の目で見ていること。徳川家康は情報収集のため伊賀者を積極的に召し抱えたが、徳川家の存続のためなら、あっさりと切り捨てるだろう。私はそんな忍びの生き方に嫌気が指して、医者になったんだが・・・・


そう考えていると外からキジバトの鳴き声がした。甚兵衛が隠し扉を開けると・・・・


「邪魔するぞ。」


「棟梁!」


そこへ山中俊正が入ってきた。私たちが無事であることを確認し終わった後、俊正は徳川伊賀衆たちの隠れ家を見つけたことや、もう一つ、飛び丸に一度忍びに復帰してほしいとの願いだった


「私にもう一度、忍びを?しかも段蔵をやれとは?」


「ああ、柘植段蔵をやれるのはお前だけだ。」


「・・・・本当の狙いは?」


「信雄暗殺の下手人とし、この事件を終わらせる。」


「なぜウチの人なのですか!段蔵はそれほど甘くはありませんよ!」


俊正の言動に旭は反対した。伊賀出身者である彼女は柘植段蔵の実力を知っている。知っているからこそ反対した。下手をすれば、飛び丸がやられる可能性があるからだ


「・・・・分かりました。」


「お前さん!」


「どっちみち、奴を始末しなければ私たちに平穏は訪れない。」


私の決意に旭はそれ以上、何も言えなかった。その代わり旭は・・・・


「必ず・・・・いや言わないわ。」


「おい、気になるじゃないか。」


「言わない方がいいと直感で感じたから言わない。」


メタいな、おい。死亡フラグが立ってのか私。そんなこんなで私は段蔵のいる隠れ家に襲撃をかけた。爆雷筒と弓矢の雨を浴びせた。一旦、止めさせ私は単身、中に入った

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