第60話 咲耶side

晩御飯を済ませた後、わたしは自分の部屋から着替えの下着とパジャマを出して、浴室に向かった

こんなにも早く、お風呂に入ろうと思ったことはない

晩御飯だって、あまり手をつけずにご馳走さまをした

お父さんとお母さんが、心配な顔をしたみたいだけど、あまり覚えてない

そして脱衣所

服を脱ぎながら、今日一日のことを思い浮かべた

正確には、ショッピングモールでのこと

木崎さんと愛花と卑弥呼

この三人と色々回って話したこと

屋上で、お弁当を食べたこと

不味いと言いながら、わたしのお弁当を食べる木崎さん

でも一番思い浮かぶのはあの女

柊香織のことだ

「あいつ、突然入り込んできて…。しかもあいつ、木崎さんに…」

キスをした

しかも三回も……

頬へのキスを含めたら四回……

それが一番思い浮かんで、腹が立つ

わたしは服を脱ぎ終わって、下着も脱ぐと、自分の唇に指を当てた

『キス……か……』

エッチはしたことはない

でもキスはしたことはある

何回も

でもその相手は木崎さんじゃない

でもあいつは木崎さんとキスをした

しかもあいつにとっては、初めてのキス

その相手が木崎さん

その上、あいつは木崎さんのことが好き

あいつは好きな相手とキスしたんだ……

「悔しい……」

こんなに悔しいと思ったことはない……

わたしの今までしてきたキスはなんだったのか……

わたしはその相手が本当に好きだったのか……

きっと違う

わたしはその相手が、本当に好きだったわけじゃない……

でもあいつは、柊は好きな相手とキスをした

ワケわかんないことばっかり言ってたけど、あいつは木崎さんが本当に好きなんだ……

それだけははっきりわかる……

だから悔しいんだ……

「こんなことなら、エッチだけじゃなくて、キスもしてこなきゃよかった……」

自分の中で、後悔の念が広がる

『それだったら、わたしだってきっと……』

そう思うと、木崎さんのことが頭に浮かんだ

不思議と戸惑いはない

ただ、後悔だけがある

わたしはそんな思いのまま、浴室に向かった



ザバァ

体を洗い終わったわたしは、湯船に入った

『木崎さんには言えなかったけど……』

わたしも楽しかった

本当に楽しかった

だから許せない

あの女が

柊香織が

「あいつがいなかったら、楽しいままで終われたのに……」

バシャッ

わたしは湯船のお湯を、自分の顔にかけた

わたしを恋のキューピットみたいな感じに思って、去っていったあの女……

『本当に事故に遭って、死んでくれてたらいいのに……』

あの時去っていく柊を見て、思ったことと同じことを思っている

「イヤな女…。醜いな。わたし……」

自分でもそう思う

こんなに早くお風呂に入ろうと思ったのも、気持ちを落ち着かせたかったのかもしれない

確かにあの時よりは落ち着いた

でもあの女のことを考えると、どうしてもそう思ってしまう

『こんなわたしを知ったら、木崎さん、わたしのこと嫌いになるかな……』

なんかイヤだ…

ものすごくイヤだ…

バシャバシャ

わたしはさらに、湯船のお湯を顔にかけた

わたしは一つ気づいたことがある

愛花や卑弥呼、そして柊が木崎さんを『木崎さん』『達也さん』と呼ぶ度に、チクッとするのか

それを気づかせたのは柊だ

あいつが木崎さんを『達也さん』と呼ぶ度にチクッとして、それがえぐり出された

あのえぐり出される感じは、その理由がえぐり出されてたからだ

『わたしはイヤなんだ……。わたし以外の人が木崎さんに気安くされるのが……』

こんな幼稚園児みたいな理由だったなんて……

わたしはこんなに子どもだったんだ……

「愛花と卑弥呼にはちゃんと言って、ちゃんと謝らないとな……」

でも木崎さんと柊には言えない

柊には絶対言いたくない

言ってやるもんか

木崎さんにはもっと言えない

こんなの知られたくない

絶対に

「こんな幼稚園児みたいな独占欲、なんであんな奴に抱くのよ。しかもあんな中年男なんかに……」

わたしは自虐気味な笑みを浮かべて、そう呟いた



『……………』



またあの時の言葉が頭に浮かんだ

また少し言葉のトーンが上がっている

でも戸惑いはない

だけど

『わたしはあの言葉に見合う人間なのかな?そんな風になれるかな?』

そんなことを思ってしまう

「もう出よう……」

わたしは湯船から体をを出すと、そのまま浴室を出た

だけどわたしはもう一つの気持ちには気づいていなかった

もしかしたら、気づかないふりをしてたのかもしれない

無意識に

幼稚園児みたいな独占欲より、もっと大事な、大切な気持ち

木崎達也という男性にわたしが抱いている、本当の気持ちに
















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