第57話 咲耶視点③
あの場所からわたしたちは、人がいなくて、あまり人がやって来ないスペースに移動した
そこでわたしたちは簡単な自己紹介をした
愛花に関しては、顔見知りではあったが、小学校以来ということもあり、あらためてという形になった
だけどそれよりも目につくのは……
「木崎達也さんとおっしゃるんですね🖤やっとフルネームを知ることができました🖤もう忘れません🖤死ぬまで🖤いいえ、死んでも忘れません🖤私の魂に刻み付けました🖤これで来世でも私たち巡り会えますね🖤その時は同世代で出会いましょう🖤もっとも今回のような歳の離れた出会いでも全然大丈夫ですけど🖤」
柊香織
この女は、テーブルについてからも木崎さんの隣に座って、腕に抱きついて離れようとしない
それどころか柊は、木崎さんの腕に顔をスリスリさせて、ますますベッタリとくっついてきてる
「あんま、そんなくっつくなって。その、当たってっから」
ピクピク
そうよ
ちょっとは離れたらどうなの?
あんた、ずっとその調子じゃない
そのせいで、ここまで来るのにどれだけ苦労したか…
「本当につれないんですから🖤でもそれがあなたの魅力なんですけど🖤当たってるって何がですか?🖤もしかしてこれのことですか?🖤」
ムギュッ
そう言うと柊は、自分の胸を木崎さんの腕に押し付けてきた
ピクピクピク
「だからやめろって」
「そんな言って🖤本当は嬉しいくせに🖤だって全然私から離れようとしないじゃないですか🖤」
ワナワナ
『そうよ。あんた、なんで離れようとしないのよ?えっ?』
わたしは全身から迸る何かを抑えながら、そう思った
「これからは『達也さん』って呼ばせていただきますね🖤かまいませんか?🖤かまいませんよね?🖤」
チクッ
またチクッとした
柊が『木崎さん』って呼んでた時と同じだ
チクッとしたあと、なにかがえぐり出されるような感じがする
それにまたムカつく
『でもさすがに今回はダメって言うでしょ。名前呼びだし』
そう思っていると
「まぁ、そっちがそう呼びたいなら別にいいが。でも俺はまだ名前呼びはしないぞ。いいのか?」
別にいい!?
そう呼びたいなら、呼んでもいいってこと!?
それに「まだ」って何!?「まだ」って!?
いつかは名前で呼ぶってこと!?
ピクピクピク
「いいんですね🖤ありがとうございます🖤達也さん🖤私のことも、いつでも香織って呼んでくれてかまいませんから🖤近いうちに『香織』『達也』って呼び合うようになるんですし🖤遠慮なんていりませんからね🖤」
バンッ!!
わたしはテーブルを叩くと
「いい加減にしなさいよ。あんた、わたしと木崎さんの関係が聞きたいんでしょ?目的忘れてない?」
わたしは柊にそう言った
「ああ、そうでした。えっと、あなた、名前なんでしたっけ?」
ピクピク
「あんた、さっき自己紹介したでしょ!!咲耶!!天王寺咲耶よ!!!」
「ああ、そうだったわね。達也さんはもちろん、愛花さんと、そこにいる卑弥呼さん。三人の名前は覚えたんだけど、あなたの名前はコンマ一秒で忘れてしまったから。ごめんなさい、一応ちゃんと覚えとくわ。まぁ、またコンマ一秒で忘れてしまっても怒らないでね。本当なら、あなたの名前なんて一文字も覚えたくないんだから」
わたしの言葉に柊は、またもや冷静かつ平然と答えた
今度は木崎さんの腕に抱きついたままで
ピクピクピク
こっちだって、あんたの名前なんか一文字も覚えたくないわよ!!
「達也さんがまだ未婚の独身で、なおかつ彼女さんがいないと知って、その嬉しさのあまり目的を忘れちゃってたの。まぁ彼女さんがいようが、奥さんがいようが私の気持ちは変わらないけど🖤」
柊は木崎さんの腕に、顔をスリスリさせながらそう言った
「だって彼女さんがいても、奥さんがいても、その人から達也さんを奪い取ればいいだけの話だもの🖤おもちゃ売り場の時は色々考えちゃったけど、あなたが達也さんに独身って言ったのを聞いて吹っ切れたの。要は奪い取ればいい。それだけのことだったの。簡単なことだったわ🖤」
こいつ、あの会話聞いてたの!?
しかも奪い取る!?
浮気でも不倫でもなんでもするってこと!?
なんか恐ろしくなってきた。こいつ
「おい。柊」
木崎さんが、柊の方を見た
そして
「俺はな、浮気だとか不倫だとか、そういうのが大嫌いなんだよ。好きになった奴をそんな風に裏切って、泣かせる奴がな。松永さんの元カレもそんな風に裏切って、お前と付き合うって言ったんだぞ。ちゃんとわかってんのかお前?そんなんじゃあん時のお前と全然変わらねぇぞ。そうだろ?だから奪い取るとかそういうことは言うな。いいな?」
木崎さんが、柊にそう言った
「達也さん……」
そうよ。木崎さんはそういうのが嫌いなのよ
だって木崎さんは……
『……………』
またあの言葉が頭に浮かんだ
思った通り、言葉のトーンが上がってる
だけど今回は、僅かというレベルじゃなく、少しというレベルといえる上がり方だ
『なんで?なんで今までと違うの?』
でも今はそんなのどうでもいい
木崎さんのあの言葉で、柊が失恋したとかそういう気持ちになってくれたらそれでいい
『ショック受けて、この場から泣いて立ち去るってこともあるだろうし。そうなってくれたら……』
ガバッ!!
「ああん🖤もう🖤そういうところです🖤そういうところが好きなんです🖤あなたのそういうところが、私を本当の私にしたんですよ🖤そういう人だから私、いけないことを考えちゃうんです🖤本当に罪な人ですね、達也さんは🖤もっと好きになっちゃったじゃないですか🖤」
柊は木崎さんの首に抱きつくと、そう言って、自分の頬を木崎さんの頬にスリスリさせてきた
ピクピクピク
この女……
もはや百発殴るぐらいじゃ気が済まない
千発
いいえ、一万発は殴りたい
「ちょっとやめろって。マジで」
「フフッ🖤私は達也さん一筋ですから🖤浮気も不倫もしないので安心してください🖤それに『柊』って呼んでくれましたね🖤嬉しいです🖤名前呼びになる日もそう遠くないかも🖤ご褒美あげますね🖤」
チュッ
そう言うと柊は、木崎さんの頬にキスした
そしてまた、木崎さんの腕にギュッと抱きついた
ピクピクピクピク
「だから、そういうのは…」
「照れなくてもいいですよ🖤それともやっぱり、口にして欲しかったですか?🖤それならそうと言ってくれたらいいのに🖤」
プチっ
また何かが切れた音がした
「だーかーらー!!目的忘れて、イチャついてんじゃないわよ!!!この脳みそ花畑女!!!!これ以上趣旨に反することしたら、ぶん殴るわよ!!!一万発ね!!!!」
わたしは柊にそう言い放った
しかし柊は、全く微塵も動じずに、無視するかのように、木崎さんの腕に抱きついていた
いや、明らかに無視してる。こいつ
「天王寺、落ち着け。それはやりす…」
ギラッ!!
「あんたが言うんじゃないわよ!!!この女たらし中年男!!!!あんたに関しては一万発どころか十万発、いいえ、百万発ぐらい殴りたいんだから!!!それでもわたしの気持ちが収まるかどうかわかんないのに!!!!あの世に行く覚悟出来てんの!?」
わたしは木崎さんを、殺気に満ちた目で睨み付けてそう言った
わたしの中でまた何かが切れたことで、柊に対する苛立ちとムカつきだけじゃなく、木崎さんに対する苛立ちとムカつきも抑えられなくなった
『なんでこんなヤツ庇うのよ!!なんでよ!!』
実際は違うかもしれないけど、わたしにはそう思えてならない
カラオケルームで、あんなにこいつを罵倒してたくせに!!
どうしてよ!!
わたしの時と全然違うじゃない!!
気を抜くと泣きそうになる……
なんで……
「咲耶、落ち着いて。ねっ?大丈夫だから」
左隣にいる愛花が、わたしの頭を撫でてそう言った
わたしの気持ちを察したのか、それはわからない
でもどうでもいい
なんか落ち着くし、少し楽になった
「柊さん。ちゃんと咲耶と木崎さんの出会いの経緯とか聞いてくれないと場所を移動した意味ないでしょ?柊さんだって、ちゃんと聞いときたいんじゃない?」
右隣の卑弥呼が、柊にそう言った
「そうですね。もうどうでもいい気持ちはありますが、達也さんとの今後を考えると、やはりちゃんと聞いておく必要がありますね」
柊は木崎さんの腕に抱きついたまま、そう答えた
「ああ。でないと、ややこしくなるしな。ちゃんと聞いて、ちゃんと信じろよ柊」
「はい🖤達也さんがそう言うなら🖤」
木崎さんにそう言われると、柊は笑顔でそう答えて、さらに木崎さんの腕に抱きついた
木崎さんは困ったような顔をして、柊を見てる
でも嫌がってるようには見えない
わたしにはそう見える
『少しは嫌がってよ……。馬鹿……』
わたしは木崎さんを見て、そう思った
その時は何故か「中年男」という言葉は、わたしの中には出て来なかった
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