第56話 咲耶視点②

「この人の親戚じゃない?どういうこと?じゃあ、あなた、この人とどういう関係なの!?」

わたしの言葉を聞いて、こいつは問い詰めてきた

無茶苦茶まずい

確かにそう思った

でもわたしにとって、そんなのはもうどうでもいい

わたしの中で何かが切れたことで、こいつに対する苛立ちとムカつきが抑えられなくなった

それに比べたら、木崎さんと親戚じゃないって口にしたことなんて大したことことじゃない

少なくても、わたしにとってはそうだ

「ちょっと!答えなさいよ!なに黙ってるの!?」

「…あんたに答える必要なんてないでしょ…」

こいつの問いかけに、わたしは静かな声で答えた

そして

「あんたなんかに、なんでそんなの答えなきゃなんないのよ!!突然現れて好き勝手なことして、好き勝手なことばっかり言ってんじゃないわよ!!」

わたしは声を上げて、こいつに言い放った

「いいえ。あなたには答える義務があるわ!!親戚でもないのに、なんで私とこの人の間に入ってくるの!!まさかあなた!」

こいつはわたしの言葉に、そう言ってきた

援交してるのとか、そういうの言ってくるんでしょ

上等よ

そう思うなら、そう思いなさいよ

「この人を拐かしたの!?そうね!そうなんだわ、きっと!!」

ハッ?

拐かした?

「大方、この人が誰かにフラれたのを目撃して、傷ついてるこの人の心につけこんで、この人を拐かしたんでしょう!!そうに違いないわ!!あの時この人を呼んだのも、間に入ってもらうためじゃなくて、自分の言い様に使うためだったんでしょう!!そうでしょう!!なんてひどい女なの!」

ちょっと待って

「あの、あんた。援交してるとか、そういうの思わないの?ねぇ?」

思わず、こいつにそう聞いてしまった

「この人がそんなことするわけないでしょう!!そんなことする人が、見ず知らずの他人のために、あんなに怒れるわけないじゃない!!そうでしょう!?」

確かにそれには同意する

悔しいけど…

「大体、そんな人が私の目を覚まさせるなんてできるわけないでしょう!!私を本当の私にできるわけないでしょう!!何度も何度もこの人を蹴って、不味いお弁当食べさせて、挙げ句の果てにこの人を貶めるつもりなの!?本当にひどい女ね!!この人を拐かしといて!!」

ピクピクピク

こいつ……

少し呆れかえったけど、そんなの吹っ飛んだ

その分、こいつに対する苛立ちとムカつきが増した

拐かした?

わたしが?

木崎さんを?

なに言ってんの?

フラれた現場見られたのわたしなんだけど

わたしの方が拐かされてたかもしれないのに

木崎さんはそんなことしなかったけど

それでもあんた、ちょっと言い過ぎでしょ

ん?

不味いお弁当?

「あんた、なんでそれがわたしのお弁当だって分かるのよ?」

わたしがそう聞くと

「あなたの態度を見てて分かったわ。これね。このお弁当でしょ?あらためて聞くけど、これ、あなたが作ったの?」

こいつは、わたしの作ったお弁当を指差してそう言った

「そう…だけど…」

「なんてひどいお弁当なの!不味いと思って当然だわ!!なによこれ!とても食べれるような代物じゃないわ!!この人があなたの言う通りの年齢なら、体に気をつけていかないといけない歳でしょう!こんなものを食べさせるなんて…。あなた!この人を拐かしただけじゃなく、この人の健康まで害するなんて!!全く!なんてひどい女なの!呆れるわ。本当に!!」

ピクピクピクピク

本当にこいつ、好き勝手なことを……

……もう我慢の限界だわ

一発

いいえ、最低でも百発は殴らないと気が済まない

「あの~、二人とも。その辺にしとこ?ねっ?」

愛花が、わたしとこいつにそう話しかけてきた

「なに言ってんの愛花。このままで済ませられるわけないじゃん」

「そうです愛花さん。まだこの人との関係をちゃんと聞いていません。それを聞くまでは、こっちも引き下がれません」

わたしとこいつは、愛花にそう答えた

「そうだろうけど、とりあえず場所を変えましょ。周り見てみなよ」

卑弥呼にそう言われて、わたしは周囲を見てみた

すると周りのいる人たちの、ほぼ全員がわたしたちを見ていた

なかには、興味津々といった顔で見てる人もいる

木崎さんと再会した時も、こんな感じだったけど

でもわたしの心境は、あの時とは違う

『なに見てんのよ。見せもんじゃないわよ』

そんな心境で、わたしは周りの人たちを見ていた

今にも、そう叫びたい気分だ

「その経緯に関しては、場所を変えて話しましょ。木崎さんもそれでいいですね?」

卑弥呼は木崎さんにそう聞いた

「ああ、そうしよう。ていうか、ぶっちゃけ、俺はもう帰りたい気分なんだけど…」

キッ!!

「はぁ!?あんたのせいでこうなったもんでしょ!!最後まで残りなさいよ!責任持って!!」

わたしは、そう答えた木崎さんを睨み付けてそう言った

「わかったよ…。残ればいいんだろ。最後まで…」

そう言って、木崎さんが立ち上がると

ガバッ

「あなた、木崎さんと仰るんですね🖤あの時はちゃんと自己紹介ができてなかったので、あらためて自己紹介させてもらいます🖤私は柊香織。私のことは遠慮なく香織と呼んでください🖤」

こいつ、柊は木崎さんの腕に抱きついてそう言った

チクッ

またチクッとした

屋上に行く途中でも、愛花と卑弥呼が『木崎さん』って言う度にチクッっとしたけど、色々と回ってるうちにだんだんと平気になっていった

根拠はないけど、もうそういうのはなくなる気がした

でも柊が『木崎さん』って言う時にするチクッとする痛みは、二人のとは明らかに違う

チクッとすると同時に、なにかをえぐり出されるような、そんな感じがした

それにムカつく

愛花と卑弥呼の時はそうじゃないのに…

いや、それよりもあいつ……

『何気に胸、腕に密着させてない?』

チクッとした時とは違う意味で、ムカムカする

「いや、さすがにそれは…」

「つれないですねぇ🖤まぁいいです🖤あとで下の名前も教えてください🖤連絡先も🖤できれば住所の方もお願いします🖤さっき帰ると言ってましたね🖤それなら一緒に帰りましょう🖤あなたの家まで連れて行ってください🖤食事作ってあげます🖤一緒にお風呂入りましょう🖤体の隅々まで洗ってあげます🖤あなたも私の体、隅々まで洗ってくださいね🖤そのあとは一緒に寝ましょう🖤そうなるとお泊まりになりますね。うちの親はそういうのに厳しいですが…。私はもう何を言われても平気なので大丈夫です🖤気にしないでくださいね🖤」

こいつまた……

ピクピク

「でも一緒に寝るってことは…。私、あなたに処女を捧げるってことに🖤再会したその日に初キスだけじゃなく、処女まで🖤こんなことなら、ちゃんと準備しておけば…。いいえ、それはそれでいいかも🖤だってその方があなたを感じられて、あなたと一つになってるって感じがするでしょうし🖤」

「いや、ちょっと。人の話を……」

木崎さんが困った顔でそう言った

でもわたしの目には……

『なぁにデレデレしてんのよ!!この好色中年男!!!』

そんな感じに写っていた

「咲耶、落ち着いて。ねっ?」

愛花がわたしにそう言ってきた

「柊さんだっけ?場所変えるわよ。話の続きはそこで。って聞いてる?」

「ああ、すみません。幸せな気持ちに浸っていたので忘れてました。そうですね、話の続きをしませんと」

卑弥呼の言葉に、柊はそう答えた

忘れてた?

幸せに浸って?

ピクピクピク



そうしてわたしたちは、今の場所から別の場所に移動することになった

わたしは愛花に宥められながら、歩いていた

木崎さんと、その腕に抱きついて歩く柊の姿を見ながら









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