幕間 香織side(後編)

「俺が今一番イラついてムカついてるのはお前の方だ」

その男性は、私を見て、はっきりそう言った

『なんで私に?』

当然の疑問が、私の頭に浮かんだ

洋太君も、自分に矛先が向けられると思っていたので、驚いた顔をしている

「俺は部外者だ。本来ここにいるべき人間じゃない。だがな、今一番の部外者がいるとしたらお前だ」

私が一番の部外者?!

どうして?!

私のせいでこうなったんだから、私もここにいるべきのはず

私がそう反論すると、その人は立ち上がって「ふざけるんじゃねぇ!!」と私に言い放った

その人は、私が洋太が愛花さんに会いに行くと言った時、私もついていくと言ったこと。洋太君に辛い思いさせたくないから。私も彼女に謝りたいからという、私の気持ちを批判した

私はビクッとした

どうして批判されるのか、私にはわからなかった

さらにその人は続けて、これは本来、洋太君と愛花さんの問題で、彼が本気で愛花さんに謝りたいと思っているなら、二人で会うべきだと言うべきだと私に言った

確かにそうだと思った

でも洋太君一人に辛い思いをさせるのは…

そしてその人は、それをせずに、洋太君についてきた私を、愛花さんに洋太君の彼女になった自分を見せつけたいだけだと言った

私はギクッとした

まるで私の本心を見破られたような感じがした

その気持ちを隠すように、私を違うと言ったが、その人は私が無自覚にそれをやっていると言った

無自覚?

私は、無自覚にそれをやっていたの?

さらにその人は、私が健気な自分に酔っていて、自分の方が洋太君に相応しい。自分が洋太君の運命の相手だとして、愛花さんを心の中で高笑いしていると言った。

それもまた無自覚に。

相手を見下している感じがすると

まるで、自分の心の中の深淵を引きずり出されているような、そんな感じがした

それに対する反論の言葉が出てこない

どんな反論の言葉を言ったとしても、それを言えば認めることになる

そんな醜い自分を

それを認めて、自分を守れる言葉を思い浮かべようとしても、思い浮かばない

この人の言葉には、それすら許そうとしないものを感じられたからだ

そして最後に、その人はこう言った

「俺はな、ただ甘えさせるだけの優しさに浸ってるこいつにもムカついてるが、それ以上にそんな優しさを相手に与えて、その実そいつを上から見下して、優越感に浸ってるお前みたいな女が!!一番ムカつくんだよ!!!!」

私はその言葉に呆然とした

私が洋太君を見下している?

優越感に浸って?

その時、私は心の中で、もう一人の自分が『その通り』と言わんばかりに笑っているのを見たような気がした

いや、私は見てしまった

心の中で、そういう笑みを浮かべている自分を

洋太君が「もう帰ろう」と言ってきた

でもその言葉に、私は反応しなかった

「香織ちゃん?」

彼がそう言ってきた時、私はハッとして、ようやく反応した

そして洋太君と一緒にルームを出て、カラオケ店をあとにした



帰りの道中、私たち二人に会話はなかった

気まずい雰囲気はなかった

なのに会話はなかった

洋太君は、私がなにか言ってくれることを期待していたように思えたが、私の頭はあの人に言われていた言葉でいっぱいだった

そして私たちは、それぞれ家路についた



それから数日

私は洋太君と顔を合わせていない

避けているといっていい

洋太君も、最初はあの一件のせいだと思って、なにも言わなかったが、それが続いていくにつれて、私の態度がおかしいことに気がついた

話しかけても答えようとせず、連絡にも応じない

おかしいと思って当然だ

なぜなら、私の頭の中は、洋太君よりも別の人でいっぱいだったからだ

『洋太君とはお別れしよう』

私は今日、そう決めた

洋太君を嫌いになったわけじゃない

だけどもう、好きというわけでもなくなった

あれ以来、私は『冷めてしまった』のだ

いや、『覚めてしまった』というべきだろう

これまでの自分がいかに醜く、いかに自分を美化してきたか

それに気づいた時、私は『覚めてしまった』のだ

『洋太君には、他に好きな人ができたと言って、お別れしよう』

ありきたりな理由を使うことになるが、間違ってはいないと、私は思っている

なぜなら、私は洋太君よりも、あの人のことの方が気になってしまっているのだ

私を痛烈に批判し、私をこんな気持ちにさせた、あの人

あの男性の人を、私はずっと考えている

あの日からずっと

「考えれば考えるほど忘れられない。こんな気持ちは初めて…」

私はクッションを抱きしめて、そう呟いた

顔が赤くなっていくのを感じる

普通なら、腹が立って、あんな人のことは忘れようとするだろう

でも私は違う

忘れることができない

忘れようと考えても、ますます忘れられなくなる

「あの人は誰の知り合いなのかしら?愛花さんの親戚の人じゃないなら、あの友達二人のどちらかの知り合い…」

きっと愛花さんは、私が会いたいと言っても会ってくれないだろう

あの友達の二人も同様だと思っていいだろう

「また会いたい…。会って話したい…。会ってあの人をことを知りたい…」

私はそう言うと、クッションに顔を埋めた

こんな強い気持ちに苛まれるのは、本当に初めてだ

そして私があの人、木崎達也さんに再び出会うのは、それからしばらくしてのことだった









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