第40話 咲耶side⑤

「わたし、何言っちゃってんの?」

『カッコ良かったよ…』

そう言って電話を切ったあと、わたしは顔が真っ赤になっていくのを感じていた

「ヤバいヤバいヤバい!愛花からの伝言伝えて、喫茶店のこと聞いたら電話終わらせるつもりだったのに。思わず話が弾んであんなことを……」

わたしは自分で言った言葉に戸惑っていた

『あの時以来だ…。こんなの』

スゥーハァー

わたしは息を整えて、気持ちを落ち着かせた

そして木崎さんが帰ったあとのことを思い出した



木崎さんがルームを出て、しばらくした後、愛花が落ち着いたのを見計らって、わたしたちもルームを出て、その後カラオケ店を出た

以前のわたしなら、騒いでストレス発散しようとか言ってただろうが、今は違う

『そんなんで愛花の気持ちは晴れない』

そう思ったわたしは、そのまま帰ることに決めた

卑弥呼も同じ気持ちだったようで、愛花に寄り添う形で、わたしたち三人はカラオケ店を出た

「家まで送ろうか?」

卑弥呼は愛花にそう聞いたが、愛花はうつむきながら首を振った

「…そう」

愛花の気持ちを察したのか、卑弥呼はそれ以上何も言わなかった

わたしはいつの間にか、愛花の前に歩み寄っていた

ギュッ

わたしは愛花を抱きしめていた

気づかないうちに

そして

「ごめんね…」

わたしは抱きしめている愛花に、そう言った

なんでこんな言葉が出たのかわからない

木崎さんには聞こえていなかった、あの言葉とは違った意味で、自分でもこんな言葉が出たのかわからない

慰めの言葉なら、もっとちゃんとしたのがあるはずだ

でもわたしが抱きしめている愛花に言ったのは「ごめんね…」だった

わたしがそう言うと、愛花は今まで我慢してたのが溢れ出したのか、わんわんと泣き出して、わたしの背中を抱きしめていた

『なんでこんな言葉で泣き出すの?』

そう思ったが、そんなの関係なかった

だってわたしも泣いてたから

いつの間にか、わたしも泣いてたから

愛花の背中をギュッと抱きしめて、わたしも泣いていた

卑弥呼は、そんなわたしたちをじっと見ていた

ひとしきり泣いたあと、わたしたちはそれぞれ家路につくことにした

その時だった

愛花が木崎さんに「ありがとう」って伝えてほしいとわたしに言ったのは

そして家に帰ったわたしは、遅めの晩御飯を済ませると、自分の部屋に上がった



で、今こうなってるわけだ

「木崎さんがまくし立てた時はびっくりしたけど、愛花がホントに文句言いたかったのはあの子になんだろうな…」

あの黒髪ロングの女の子に

香織って呼ばれてたあの子に

だからこそ、愛花は木崎さんに「ありがとう」って伝えてほしいって言ったんだろうな。わたしに

『まぁ、あの人はそんなこと考えてなかっただろうけど…』

木崎さんも、なんで「ありがとう」なんて言われるかわかってなかったみたいだし

「あの中年男に借り作っちゃったな。まぁいいけど…」

わたしは少し笑みを浮かべて、そう呟いた

『お礼ぐらいはしないとな。さてどうするべきか…』

わたしはスカートから、あるものを取り出した

ハンカチ

喫茶店で、木崎さんがわたしに出したハンカチ

洗濯はした

本当なら、来た時に二人に内緒で返すつもりだったけど…

『返しそびれちゃったな…。まぁこれを理由にしたら、また会ってくれ……』

ん?

今わたし、なに考えた?!

また会ってくれるって思わなかった?!今!!

なんかこれを口実にして、木崎さんにまた会おうって思った?!わたし!!

「まずいまずいまずい!!これじゃホントに援交、もしくはパパ活だってことになっちゃうじゃない!!わたしはそんなつもりなんてない!木崎さんだって…」

そんなつもりないはず!絶対!!間違いなく!!!

でも…

「ちゃんとした理由がないと会ってくれないだろうし…。そう考えると…」

なんか寂しい…

「って!!なに考えてるの。わたし!!」

わたしは再び、ハンカチをスカートに入れた

「まぁこれは置いとくか…。あっちも返さなくてもいいって言ってたし。お礼っていえば…」

『料理作ってあげるとか言うかと思った』

そんなこと言ってたな。木崎さん

「料理……ね」

確かに木崎さん、コンビニのお弁当ばっか食べてるみたいだし、そういうのもありかな?

「いやいや。そんなことまでするほどの付き合いじゃないし。何よりわたし…」

料理全然できないし……

「その辺のことも、しばらく置いとくか…。それより問題なのは…」

『カッコ良かったよ…、か』

わたしが木崎さんにあれを言ったのは、あのまくし立てた姿を見たからじゃない

わたしがあれを言った理由

それは

『頑張ったな』

あの時、木崎さんがルームを出る時に、わたしにそう言った姿がなんかカッコ良かったからだった

「ああ!!あの時のこと思い出しちゃったら、恥ずかしくなってきたー-!!」


『……………』


またあの時の言葉が頭に浮かんできた

木崎さんに聞こえていなかった、あの時の言葉

しかも、また言葉のトーンが僅かに上がっている

「勘弁してよ…」

そう呟いたが、わたしは確信したことがある

あの言葉が、いつ、どんな時に頭に浮かぶかはわからない

でも、あの言葉が頭に浮かぶ度に言葉のトーンは上がる

間違いなく

「……お風呂入ろ」

そう言ってわたしは、着替えの下着とパジャマの用意を始めた

今思えば、わたしはこの時から踏み込んでいたのかもしれない

いや、もしかしたら、あの言葉を口にした時から、もう

木崎達也という男性に、わたしは踏み込んでいたのかもしれない





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