第32話 咲耶side③

「ふぅ」

わたしは今、部屋のベッドに寝そべって、じっと天井を見ている

木崎さんが喫茶店を出て、しばらくしてから、わたしも喫茶店を出て、家路についた

上の空で晩御飯を食べ、そのあとお風呂に入った

そして今、わたしはこうしている

「がんばれ、か…」

わたしはそっと、木崎さんに触れられた頭を触った

「こんな気持ちの時にあんなこと言って、こんなことして、しかもがんばれって言って、帰っていくなんて……」

お風呂に入ったのに、頭にはまだ木崎さんに触れられた時の感触が残っていた

「卑怯者。卑怯者中年男…」

話したいと思って、電話したのはわたしなのに、何故かそんな言葉が出てしまう

あの時

愛花の後ろ姿を見ながら泣いてた時、わたしは木崎さんと話したいと、心から思った

なんでそう思ったのかはわからない

でも木崎さんと話したい

そう思ったのは確かだ

そしてわたしは電話をして、仕事帰りという木崎さんにまたかけ直すと言ったが、木崎さんは何かを察したのか、あの喫茶店に来いと言ってきた

あの喫茶店とは、木崎さんと二度目に会った時に入って、この間の休日に待ち合わせた、あの喫茶店

わたしはそうだと思って、あの喫茶店に行って、木崎さんを待った

そして木崎さんは来た

わたしは、向かいの席に座った木崎さんに、今の自分の思いの丈を言った

『自業自得』

あの時、木崎さんに言われた通りだって

わたしは気がつくと、嗚咽をあげて泣き出していた

何も言えなかった

何もしてあげられなかった

フラれて当たり前

男子から都合よく扱われて当然

自業自得と言われて当然

バチが当たって当然

言えば言うほど、悲しくて辛かった

そう思ってた時

『今日何があったかは、あえて聞かない』

『とりあえず顔上げろ』

木崎さんがそう言ってきた

わたしは、半ば無意識に顔を上げていた

そんなわたしに

『俺は1割は自業自得って言ったんだ。あくまで1割だ』

『少なくても、今のお前は自業自得の人間じゃないし、バチが当たって当然の人間じゃない』

『友達のために泣いてるんだからな』

木崎さんはそう言うと、ハンカチを取り出して、わたしに渡した

わたしはこの時も、半ば無意識にハンカチを受け取って、それで涙を拭いていた

わたしは、頭を触っている手とは逆の手に持っていたものを見る

ハンカチ

あの時、木崎さんに渡されたハンカチだ

「なんで今日はハンカチ持ってんの?仕事だったから?でも初めて会った時も仕事帰りだったみたいだったし…。あの時は出さなくて、今回はなんでハンカチ出すのよ?最低中年男」

だけど、今はそんなのどうでもいい

わたしはあの時、木崎さんに言われた言葉が嬉しかった

あくまで1割自業自得

あの時はムカついたけど、今は違う

『全部自業自得ってわけじゃないんだ』

なんか不思議と少し安心してしまった

そして

『少なくても、今のお前は自業自得って言われる人間じゃないし、バチが当たって当然の人間じゃない』

そう木崎さんに言われた時、わたしは少し救われた気がした

本当に悲しくて辛かったから

『なんでそういうのを、こういう時に言うのよ。大馬鹿中年男』

そんなことを思ったが、わたしはクスリと笑っていた

なんでかはわからないけど

でも最後のは間違ってる

『友達のために泣いてるんだからな』

「違うよ。わたし、そんなんで泣いたんじゃないよ」

わたしがあの時泣いたのは、そんなんじゃない

『咲耶になんかわかんないよ!!私の気持ちなんか!!取っ替え引っ替えで、カレシ作ってた咲耶になんか!!』

『私は咲耶とは違うの!!ちゃんと彼だけ見てた!!彼だけ好きだった!!すぐに別の男子と付き合っちゃう咲耶と一緒にしないで!!』

そうだ。愛花はわたしとは違う

ちゃんと彼だけを見て、彼だけを好きだった

わたしみたいに、取っ替え引っ替えで、すぐに別の男子と付き合うわたしとは違う

わたしは愛花の言葉を聞いて、そう思った

わたしは今まで付き合ってた男子に、愛花みたいな気持ちを抱いたことはない

そんなわたしに、愛花の気持ちがわかるなんて言えない

浩介に浮気されてフラれた時もそうだ

あの時、ものすごく腹が立って泣いたけど、愛花みたいな気持ちからじゃない

プライドを傷つけられた

そんな自分勝手な気持ちからだ

そんなわたしが、愛花に何を言ってあげられるのか

何をしてあげられるのか

わたしにはわからなかった

友達なのに

友達が泣いて苦しんでるのに

だからわたしは泣いた

無力な自分に

友達なのに何もできない自分に

「そんなわたしにあんなことして、あんなこと言わないでよ」

木崎さんに触れられた頭を撫でながら、わたしはそう言った

「がんばれって何よ?!何も知らないくせに、あんな優しいことしないでよ!卑怯者中年男!!」

だけど…

わたしは頑張りたい

愛花の友達だから

友達でいたいから

そんな風に思ったのは生まれて初めてだ




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る