第9話

「オ、オタク?!嘘でしょっ?!」

俺のスマホを持った手が、ブルブルと震えてる

『ああ、まだいるんだな。こういう子』

バンッ!

俺のスマホを勢いよくテーブルに置くと、グイッと顔を突き出してきた

「おじさん!!今、歳いくつ?!ねぇ!!いくつなの?!」

ものすごい形相で、俺の顔に詰め寄ってくる

そんなことしたら、また周囲の視線を浴びるぞ

もう浴びてるかもしれないが

いや、それより問題なのは

『近い近い近い!!いくらなんでも近づきすぎだ!!』

そんな近づかれると、なんかドキドキする

『唇、意外と小さいな。リップつけてるのかな?それになんか、いい匂いがする。ダメだダメだ!!俺は二次元キャラじゃないとダメだとかっていう部類じゃないし、何よりロリコンじゃない!!断じて違う!!!だが…』

幼女ってわけじゃないし…

『いやダメだ!相手は10代の女子だぞ!!ダメだろ!』

「何さっきから黙ってるの?!早く答えなさいよ!!早く!!!」

俺が葛藤で頭を巡らせていることに気づいていないのか、あるいは今はそんなのどうでもいいのか、さらに激しく詰め寄ってくる

「40……。今年で40だ……」

何とかこいつの質問に答えることができると、彼女は詰め寄っていた顔を引き、バタンと倒れるように席に座り込んだ

「つまり、アラフォー?!いかにもオタクっていう服装じゃないけど、おじさんっぼい服装でもない。でも若作りしてるっていう服装でもない。何で今まで気づかなかったの?!それに気づいてみると、なんか陰キャ。そんなオーラを感じるわ!!もしかしておじさん、陰キャ属性もあるわけ?!」

「まぁそうだな。陰キャの部類に入るな。きっと」

あと、ひねくれ者っていうのも入るな

こっちの方は関係ないか。たぶん

「なんてことなの?!オタク。陰キャ。その上アラフォー?!わたし、そんな奴にあんなとこ見られてたの?!」

彼女は、まさに世界の破滅がきたのかというほどの感じで、テーブルの上で頭を抱えていた

「これこそまさに黒歴史ってやつよ!!わたしの一生、いえ、それじゃ足りないくらいの長い時間をかけてでも抹消したいことだわ!!人生最大の汚点よ!!」

黒歴史って言葉は知ってるのか

まぁ、一般的にも扱われる用語になってるしな

『まさか、それがアニメからきた言葉とまでは知らないだろうが』

そう思っていると、いきなり彼女はストローを口にし、オレンジジュースを一気に飲み干した

そして間髪入れずに、横に置いてあったコップを取り、その水も一気に飲み干した

『おいおい、そんなことして腹壊したらどうする?』

「スゥ、ハァ」

軽く深呼吸すると、テーブルに置いていた俺のスマホをスッと差し出した

「スマホ、返すわ。確かに拡散とか、そういうことはしてないみたいね。そういったアプリもないし。着信履歴も見たけど、誰かに電話したりもしてないみたいだし。まぁ履歴を削除した可能性もあるけど、その可能性はないわね、きっと。誰にも話してないっていうおじさんの言葉、信じてあげる」

「そんなとこまで見たのか、お前」

俺はスマホを受け取ると、再びポケットに閉まった

「その代わり、人生最大の汚点ができたけどね」

ホント、ひどい言い方するな

まぁ、俺もあんなこと言ったしな。おんなじか

「今すぐお店出て、自分の用事済ませて、家に帰りたい気分だけど、あんたの用事に付き合うって言った以上、そうもいかないわね。残念だけど」

「いや、無理に付き合うことないぞ。ていうか付き合うな」

そう言うと、じっと俺を見て

「あの時のこと、謝罪してもらうって言ったでしょ?あんたがオタクで陰キャのアラフォー中年男だってわかって、ますます謝罪してもらいたくなったわ」

これまでと違って静かな声だが、圧がこもった声だ

『これは引き下がるしかないな』

謝罪する気はないが、しょうがない

彼女は、紙袋を持ち、席から立ち上がると

「もう出ましょ。ちょっと長居した感あるし。わたしの用事は急ぐものじゃないし、あんたの用事を方を先にしてあげる。ていうか、あんたの用事を後にしたら、変なとこ連れ込まれて、いかがわしいことされかねないしね」

『そんなことしねぇよ』

まぁ、そう言ったって信じないだろうな、こいつは

「ああ、わかってるだろうけど、ここのお金はあんたが払ってよ。用事に付き合ってあげるんだし、年上なんだし、何より男なんだから当然だよね?そうよね?お・じ・さ・ん」

「ああ、そうだな」

予想できてたことだ

今時の女子にワリカンなんて通じないだろうし

『せっかくの休日が』

あの夜以来、俺の生活が変わっていってる

そんな気がした

だがそれは、俺の生活が180度変わるわけでも、俺が望む静かな生活が失われるわけでもない

けれど、その変化は決して悪いものじゃない

そう感じるようになるのは、かなり後になってからだ




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