第8話

「なんでまたあんたなんかと……」

オレンジジュースに刺さったストローをくるくる回しながら、彼女はそう言った

あの場所からこの喫茶店に入ってから、ずっと不機嫌な顔のままだ

『まぁ当然といえば当然か…』

俺はそう思いながら、コーヒーを口にした

「で、おじさん。あらためて聞くけど、なんであんたがここにいるの?」

不機嫌な顔でじっと俺を見て言ってきた

「用事。買い物だよ。悪いか?」

「よりによって、なんでまたあんたなんかと出会うの?せっかくの休みなのに。ただでさえまだムカムカしてるのに……」

昨日のこと、まだ引きずってるのか…

まぁこれも当然といえば当然か

「君も買い物か?なんか随分荷物入ってるみたいだけど。爆買いってヤツか?それでストレス発散してるのか?」

彼女の横に置いてある紙袋にはかなり荷物が入ってる

鞄、バック、CDもあるな

でも買い物っていうにはおかしいな

どれも箱とかに入ってないものばかりだし

紙袋もコンビニか100均で売ってるようなやつだ

「あんたには関係ないでしょ?ていうか、また何ジロジロ見てるの?おじさん。やめてよ。ムカムカが増すから」

「君を見てたわけじゃない。えーと、確か咲耶っていうんだよね?君?」

バンッ!

俺がそう言うと、彼女は勢いよくテーブルを叩いて

「なんでわたしの名前知ってるの?!わたし、あんたに名前教えてないのに!!どうやって知ったの?!答えて!!」

そう言ってきた

口が滑ったな。こりゃ

「あの時君をフッたカレシ、もう元カレか。アイツが君のこと、そう呼んでたから」

『そういえば』っていう感じで、手を顔にのせると

「そんな細かいところまで聞いてたの?!やだ、もうホント!!」

確かに結構細かいとこまで聞いてたな俺

一部始終って言ってもいいくらい

「おじさん。先に言っとくけど」

じっと睨み付けて、そう言うと

「わたしのこと、名前で呼ばないで。あんたみたいな最低中年男に名前で呼ばれるなんて虫酸が入るわ。いいわね?」

「ああ、わかった。わかった」

なんかめんどくさいな。全く

今時の女子って、こんななのか?

「まぁそれはひとまず置いとくわ。二度と会いたくなかったけど、会っちゃったものはしょうがない。おじさん、わたしの用事に付き合って」

「ハッ?」

なんでそうなる?

どういうわけだ、それ?

「なんで俺が君の用事に付き合わなきゃいけないんだよ?言っとくけど、俺は援助交際なんてする趣味は……」

グキッ!

足を思いきり踏んづけてきた

「ふざけないで!わたしだって、そんなことする趣味はないわ!!ましてやあんたみたいな最低中年男なんかと。あんたなんかにこんなの言いたくないけど、キスはしたことはある。でもエッチはしたことはないの!いいえ、これからはキスだって簡単にはしないわ!!」

さらに足をグリグリとしながら

「特にあんたとは絶対にしない!!キスだって!ましてやエッチなんて絶対にしない!!たとえ世界の終わりが来て、男があんた1人になってもね!!!死んだ方がマシよ!!一億倍くらいね!!!」

ノストラダムスが予言した世界の終わりの日は、とっくの昔に過ぎ去ってるぞ

まぁ、君ら世代は知らないだろうけど

それより、足をどけろ。痛いから

「わたしはね、大きな分岐点に立ってるの!男嫌いになるかならないかのね!!あんたみたいな最低中年男とそんなことになったら、それこそ男嫌いになるしかないじゃない!!!」

分岐点ね

でも俺から言わせれば、それは…

「その代わり、わたしもあんたの用事?買い物だったわね。それに付き合ってあげる!でも変なことしないでよ!!いいわね!そのあとあんたには、あの時のことを謝罪してもらうから!!」

「謝罪?何の?」

『そんなこともわからないの?!』って顔で見てきた

ごめん。マジでわからない

それより、早く足をどけろ。痛いから

「『カッコ悪い』とか『自業自得』とか、あんなひどいこと言っといて!!何?!忘れたとか言うんじゃないでしょうね?!」

「忘れてたわけじゃないけど。俺、悪いと思ってないし」

ホントは優しい言葉かけた方がよかったかなとか思ったけど

でも、やっぱ言えなかっただろうな。ひねくれ者だし、俺

グリグリグリ

さらに足を踏んづけてきた

「痛いって。マジもうやめろ。気持ちはわかるけど」

「気持ちがわかるって言うなら、もう少し耐えなさい!!この最低中年男!!!そんな態度でこられたからかしら。もう1つ聞くことができたわ!!」

「何?もう1つって?」

痛いけど、こいつの気が済むまで耐えるしかないな。こりゃ

「わたしがフラれた現場のことよ!本当に誰にも話してないでしょうね?!」

ああ、その事か

しつこいな、こいつ

「誰にも話すつもりはないって言ったろ?だいたい俺にはそんなこと話す趣味はない。俺は彼女無しの1人暮らし。独身だぞ」

「へぇ~、彼女いないんだ。独身なんだ。へぇ~」

「やっぱりね」って言わんばかりのニヤリとした顔で言ってきた

『普通なら、こういうの言われたらムカついて、すげぇ口論になるんだろうな』

でも俺はムカつかない

いちいち、そんなのでムカついてられるか

それになんか踏んづけてる足に入る力が少し弱くなった

少し満足したってことか

「でもそれだけじゃ信じられないわ。今はSNSが普及してる時代よ!その気になれば日本中、いえ世界中に情報を発信できるわ。スマホ見せて!!わたしが直接確認するわ!!」

やれやれ

『こりゃ見せないと引き下がらないな。絶対』

俺はポケットからスマホを取り出し、かけてたロックを解除した

すると彼女は、待ちきれないとばかりに、俺からスマホを取り上げた

『おいおい。強引だろ、それ』

俺のスマホ画面を、まさしく隅から隅まで見ている

俺のスマホにはそういう類いのアプリはインストールされていない

大半はスマホに最初から入っていたアプリ。あとは俺が入れたAmazonやプレバンといった通販アプリ。

あと、待ち受け系のアプリくらいか

『ゲーム関連のは疎遠になってるからな』

「確かに。Twitterとか、そういうアプリはないわね。てか何?このホーム画面?ロボット?アニメみたいだけど?」

ああ、この子、ガンダム知らないのか

その様子だと、アニメ自体、あんまり見ないみたいだな

俺だって、待ち受け画面くらい飾り立てたい

最初のころは美少女系のキャラだったが、今はガンダム系を待ち受け画面にしている

俺には、こっち系のが合ってるみたいだし

「ねぇ、おじさん」

「んっ?」

「おじさんって、もしかして、オタク?」

「ああ、そうだよ」

そんなの隠してたって、しょうがない

さらりと、そう言うと

「!!!!!!」

彼女は絶句した顔で俺を見た










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