第28話冬の終わり

「だいぶあったかくなってきたね」

 弾むような泉の声を聞きながら川沿いの道を歩く。

 「そうだね。もう日中はコートいらないかもねえ」

 天気が良くて、陽射しが暖かい。

 おまけに泉が嬉しそうに腕に抱きつくように歩いているおかげで、泉のおっぱいが腕に密着して温かいし柔らかいし……。


 

 今週の土日の連休は何処かに行かずにのんびり家で過ごす事にしたが、やはり少しくらいは身体を動かそうと、泉と二人で近所の散歩に出てきた。

 

 穏やかな川の流れる音を聴きながらの散歩は気持ちを緩めてくれるようだ。

 

 「2人でお散歩もいいねえ」

 そういうと泉も微笑む。

 「うん、一緒にいられるだけで楽しいねっ」

 

 2人でゆっくり川辺を歩き続けると商店街の通りにたどり着いた。


 「いずみ、お腹空かない?ご飯食べて行こうか」

 ちょうど見えてきた何度か来たことのあった喫茶店に入る。

 「あれ、ここって……」

 泉も来たことがあるらしい。

 「ここはビーフシチューが美味しいんだよね……」


 中に入るとゆったりとした音楽が流れ、ここだけ時間が止まっているような落ち着いた空間が広がっている。

 こじんまりとしているがいい店だ。


 「はいっ、どうぞっ★」

 窓辺の席が空いていたので椅子を引いて泉を座らせた。

 「ありがとう」

 泉の向かいに座る。

 水を持ってきてくれたウェイトレスさんに2人揃ってビーフシチューを注文する。

 

 「透はここによく来るの?」

 お手拭きで手を拭きながら泉が聞いてくる。

 「たまにね。泉のお義母さんと外で会う時に来るんだよ。お義母さんおすすめのお店なんだって。泉も来たことがあるみたいだね」

 そういうと泉は困ったように肩をすくめる。

 「昔はよく……お母さんと来たよ。落ち込んでたりすると連れてきてくれて、パフェとかケーキとか一緒に食べながら話を聞いてくれたんだ」

 懐かしげにお店を眺める泉……。

 「落ち込むって、何に落ち込んだりしたの!?」

 泉を困らせていたのはどんな事だったんだろうか?

 気になってしまい思わず聞いてしまう。

 泉はそんなオレを見て少しだけ面白そうに笑った。

 「今はもう困ってないよ?……昔の私はちっぽけで、幼かったから……」

 「それでもいいから聞かせてっ?」


 

 ★



 「その子が嫌で、しばらく幼稚園に行かなかった事があったんだよ。お父さんもおじいちゃんもすごく気にしてくれて……」

 昔泉をいじめていたと言う男の子の話を聞く。

 聞けば聞くほど男の子は泉のことが好きだったんだろうと思う。

 好きで、構って欲しくてついいじめちゃって……。

 そういうと泉は不思議そうな顔をした。

 「透もそんな風に思ったことあるの?」

 そう聞かれて昔を思い出そうとするが何も思い出せなかった。

 「う~ん」

 自分の中の一番古い記憶は小学生の頃からだ。

 ……ただひたすらにしんどくて、怖くて、寂しかった記憶……

 

 記憶を蘇らせそうになってしまい頭を振る。

 「ごめん、思い出せないや。物心がついたのがだいぶ遅かったから……」

 なんとか微笑む。

 

 「そういえば聞いたことなかったけど透が初めて好きになった子ってどんな子だったの?」

 泉は唐突に身を乗り出して聞いてきた。

 「えっ?」

 少し困惑しながら泉を見つめる。

 「だから、透の初恋ってどんな子だったの?」

 泉は真剣そのものだ。

 「初恋って……」

 泉ったら身を乗り出すものだからニットのセーターの襟首から胸元が見えて……。

 「泉ってばおっぱい見えそうっ」

 慌てて泉を座らせる。

 

 「それで?どんな子だったの?」

 座り直して、胸元を直した泉が改めたように再び聞いてくる。

 ……まだその話するのね。

 

 真剣な泉の顔を見ていると思わず苛めたくなってしまう。


 ……オレ泉を苛めた男の子の気持ちが分かったかもしれない。


 「ん~その子はすごく真面目な子で、可愛い子でさ……」

 話し始めると泉が大人しくなる。

 「おとなしい子ででもいつも優しかったな。いつもオレと一緒に居てくれて、オレはその子と一緒にいるのがすごく好きなんだ」

 「……」

 泉はテーブルに置かれた手に触れる。

 「オレを……オレの義両親以外で初めて抱きしめてくれたんだ。優しく笑ってくれて……オレその子のことがずっと好きで……」

 泉ったら自分で聞きたがっていたくせに泣きそうな顔になっている。

 ……いい加減苛めるのはやめよう。


 そっとテーブルに置かれた泉の手を握った。

 「オレ、初めてその子のおっぱい見た時からずっとその子の事以外考えれないんだよ。」


 「えっ?」

 驚いたように泉が顔をあげる。

 泉の手の甲を優しく撫でる。

 「オレあの時からずっと……。泉以外の女の子好きになれなかったし、性欲の対象も泉だけだったし、オレもう泉がいないと生きてられないと思うから、責任取ってね★」

 泉の小指の先に触れて、指先を擦る。

 「んっ……」

 頬を赤らめた泉と見つめ合う。

 

 ビーフシチューが運ばれてきたのでそっと泉の手を離す。

 「冷めないうちに食べちゃおうか」

 



 ★



 

 おやつを買い込み家に帰る。

 「季節が変わると新しいお菓子が出るから楽しいなっ★」

 桜味の饅頭やらチョコレートやら……泉は新しいものが好きだ。

 「そうだね。もうちょっとすればまたメロン味のお菓子とか出始めるから楽しみだね」

 桜餅と熱めの緑茶を泉の前に置く。


 「今日はイチゴのお菓子を買ってみましたっ★」

 スーパーの袋の中からお菓子を取り出した泉が嬉しそうにテーブルに並べ始める。

 「うん、春色だね。泉のおすすめはなに?」

 泉は少しの間悩んでいたがイチゴのスナック菓子を持った。

 「これかなあ。定番お菓子のいちご味っ、これ食べてみてっ★」


 泉はスナック菓子の袋を開ける。

 「ありがとう」

 差し出してくれた袋から一つつまんで泉に食べさせてあげる。

 「んっ、ありがと……」

 泉は照れたように笑いながらもお菓子を食べてくれた。

 「どう?」

 「うん、美味しいっ★」


 まったりテレビを見ながらおやつを食べる。

 「もうすぐ桜の季節だねえ。今年はお花見しに何処か行こうか?」

 「伊勢神宮の桜が綺麗みたいだよ。それから猫の置物とか、招き猫屋さんがあるみたいっ!」

 泉は部屋から旅行雑誌を持ってくる。

 「できたら、今年はここに行ってみたいんだけど。どうかな?」

 泉の持ってきてくれた雑誌を見る。

 あちこちに付箋とメモが貼られていて、泉がものすごく行きたがっているのが分かる。

 「もちろんいいよ。三重か。3日位連休取って行ってみようか」

 そう返すと泉はものすごく喜んでくれた。

 「透も多分この招き猫屋さん好きだと思うのっ!」

 泉は雑誌を見ながら行きたいお店やら見たいものなどを教えてくれた。


 ……楽しみだな。

 泉が楽しそうにしていてくれるのは嬉しい。

 

 興奮気味の泉と旅行の計画をたてながら午後は過ごした。

 

 

 


 

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