第6話 突然の忘年会
「泉…そっちどう?まあそんなに汚れてないだろうし、適当でいいよ〜。」
泉の部屋に向かって声を掛ける。
泉と年末の大掃除の最中だった。
掃除が終わったら一緒に買い物に行って…。
ついでだから早めに正月用のおせちで使う食材も買ってしまおう。
色々と考えて買うものをメモに残して…。
「…透…ごめん…。さっき連絡があって忘年会今日やる事になったから行かないといけなくなっちゃった…。」
泉が嫌そうな顔でそばに来る。
「…忘年会…ああ!そういえばそんなものもあったね。何時から?スーツ着る?かわいいワンピース出そうか?」
何か忘れていると思ったらそれだ!
泉の会社は忘年会はやらずに新年会を毎年行っていたが、それとは別に泉の部署では規模の小さい忘年会を毎年やっていた。
「行きたくないな…。何で今さらやるんだろう…。もうお休み中なのに…。」
泉がため息を吐く。
「まあせっかくなんだし楽しんでおいでよ。ん…やっぱりワンピース着ようか?せっかくだから髪も上げて思いっきり可愛くして…。」
「スーツでいいよ。透が居ないのにそんな格好したって仕方ないし…。…透とお買い物行きたかったのにな…。」
泉がなんとも可愛いことを言い出した。
「買い物なんて明日行けばいいよ。そんなことより泉…用意しなきゃ。掃除は後はオレやるから着替えておいで?」
「…でもっ…私が外でみんなといる間透は一人になっちゃう…。」
泉が俯いて呟いた。
「…オレは…大丈夫だよ。元々人といるのは得意じゃないし。別に一人だって平気だしさ。」
泉が気にしないで忘年会に行ける様にいろいろと言い訳をしながら泉を着替えさせた。
「泉…送って行くし、帰りも迎えに行くから。ね?」
なんとか泉を宥めて泉を車に乗せて忘年会をやる店の近くまで車を走らせる。
「ほら、仲良い子と呑んで話してればあっという間だよ。浅川さんもいるんでしょ?」
「…そうだけど…。」
中々車から降りようとしない泉を抱きしめてキスをする。
「泉はとっても綺麗で可愛いよ。本当は行かせたくない。でも真実の会社の忘年会に泉が行かないわけにはいかんでしょ?ちょっとだけ頑張っておいで。明日はなんでも泉のワガママ聞いてあげるから。ねっ★」
…泉のワガママなんて想像も付かなかったが泉が嬉しそうにうなづいた。
…すごくかわいいけど、もし離婚してなんてお願いされたらどうしよう…。
一抹の不安が過ぎる…。
「行っておいで?帰り連絡してね?」
「…うん。」
車から降りた泉を見送る。
…本当…泉のワガママってなんだろう…。
泉がお店の中に入って行くまで見送って車を発進させる。
出てきたついでだし、正月用の買い物は済ませておこう。
もし明日泉が買い物に行きたがったら、食料品より泉が身につける物を一緒に見たほうがよっぽど面白いだろう。
正月に食べる餅やら買い置きの醤油、重い物メインで買い物を済ませる。
★
家中の掃除を終わらせる頃にはすっかり夕飯の時間が過ぎていた。
…まあどうせ一人だし簡単に…でも泉帰ってきたら何か食べるだろうか?
一応お茶漬けと簡単に食べれる物を用意する。
…静かだ…。
昼間一人で食べる食事も味気ないものだが夜は尚のこと…。
いつもだったら泉が一緒に食べてくれるのに…。
なんだか少し寂しくて、昔を思い出す…。
…暗い部屋で一人菓子パンを齧る幼い自分…。
…でもあの頃とはもう違う。
…なんとなく暗い気持ちになってしまう。
とその時携帯が鳴った。
泉…忘年会終わったのだろうか?
慌てて携帯電話を手に取る。
携帯電話のディスプレイには泉の兄の名前が表示されていた。
「…もしもし?真実?」
「ああ透…悪いんだけど、今出れるか?」
どうやら真実も泉の部署の忘年会に呼ばれて出ていた様だ。
泉はどうやら酔ってしまったらしく迎えに来て欲しいと言われた。
…寧ろ今か今かと待っていたので有り難かった。
真実の連絡から20分程で数時間前に泉を送り出した店の駐車場に辿り着いた。
泉は大丈夫だろうか…。
慌てて店の暖簾をくぐる。
活気のある店員さん達の掛け声。
そしてたくさんの人の騒がしい声に紛れて聞き慣れた声が聞こえた。
「透…悪かったな…。」
テーブル席から慌てた様に立ち上がったのは泉に似た…。
「シンジっ…。泉は?」
「今トイレ行ってる…浅川が付き添ってるから…。」
真実は店の奥を指さす。
「分かったありがとう。」
…人が多いのは苦手だった。
なるべくあまり見ないように店の奥を目指す。
途中でサラリーマン風の男が透を見てニヤッと嫌な笑い方をしてきたが今はそんな事を気にしているわけにはいかなかった。
男女共用のトイレが二箇所…。
そのうちの一個は空いていたし、反対側だろうとトイレのドアに向かって話しかける。
「泉…大丈夫?」
中で女の子の声が聞こえてドアが開く。
「あ、透クン久しぶりねっ★」
懐かしい顔の…でも昔よりもっと綺麗になった女の子がそこにはいた。
「…。浅川さんありがとう。代わるよ。泉見ててくれてありがとう。」
思い出に浸る暇もなく、トイレで蹲って真っ白な顔色をしている泉の姿を確認する。
…平気そうでは無かった。
そっと泉の背中を撫でる。
「泉…もう少し吐いておこうか。口の中に指入れるから…オレの手は噛んでもいいけど舌は噛むなよ?」
そう声を掛ける。
「…水野さん…大丈夫?」
浅川さんは心配してくれている。
「…ごめんね。せっかく楽しんでるのに。後オレやるから呑み直しておいでよ。」
そう伝えてトイレのドアを閉める。
「泉…いい?」
泉は吐いたら少し落ち着いたようだ。
口の中を濯がせて、そのまま少しの間抱きしめる。
「透…。ごめんなさいっ…。」
泉はそう言いながら泣き始めてしまった。
泉がなぜ謝ったのか分からなかった。
…吐くまで呑んでしまった事だろうか?
「泉、気にしないで良いから。呑み会なんだからこんなこともあるよ。ねっ?」
泉の背中を撫でる。
泉はほんの少しの間透の腕の中で泣いていた。
「…帰ろうか。他のヤツに泣き顔見られたく無かったら酔ったフリして下向いてな?」
そう言って泉の肩を支える。
トイレのドアを開けると再び喧騒に包まれた。
「水野さん…。」
心配そうに側に来てくれた浅川さん。
「ごめんね。泉…連れて帰るから。本当ありがとう。」
泉を支えて歩き始める。
さっき嫌な笑いを浮かべた男の前を通り過ぎようとした。
「水野、もう良いんなら呑み直そうぜっ。折角の忘年会なんだしさっ!」
透の事を無視して事もあろうに泉の肩を掴む男。
泉は男に肩を掴まれた瞬間ビクッとして、嫌がるように透の腕に縋ってきた。
「なあ、俺の酒が呑めないのか?そんな顔だけいいヒモ野郎よりよっぽど俺の方が良くしてやれるぜ?」
…?
思わず泉の肩を掴む男の手を振り払う。
…誰にも泉を触らせたく無かった。
…泉は明らかにこの男を嫌がっていた。
「…ってめえ!!」
男は手を振り払われた事に逆上したのか透の服の胸ぐらを掴んでくる。
「泉に触るなよ!」
構わず男を睨みつける。
「おい真鍋!やめろっ!!」
睨み合う二人の間を割って入ってきたのは真実だった。
「透…泉具合が悪そうだから連れて帰ってやってくれ。本当迎えにきてくれて助かったよ。真鍋もほらっ!あっちに座って呑んでろ!」
真実は二人を引き離す。
真実が店先まで見送ってくれた。
「透…本当悪かったな。泉、今の奴に呑まされたんだ。怒らないでやってくれ?」
「…それは全然…。真実、連絡してくれてありがとう。」
真実はホッとしたように笑った。
「この詫びは後でさせてくれ。本当…気をつけて帰れよ?」
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