Afterストーリー② 王都でのとある出来事
「街道に出現するモンスターの討伐、ですか?」
僕が聞き返して、商会の長リラ・ミダスが静かに頷く。
「ああ。王都の外で見晴らしのいい丘があるだろう? そこに行きたいのだが、最近モンスターが活発のようでな」
「もちろん僕で良ければ協力しますよ」
「恩に着るよ、リジル」
そう言ってリラは柔らかく笑う。
先日、ファーリス村に滞在していた僕たちの元に一通の手紙が届いた。
その差出人は今、僕の前にいるリラで、協力してほしいことがあるから一度王都に足を運んでくれないかという内容だった。
ちなみに王都まではフェンリル化したナルが走ってくれた。
ナルがその報酬として王都の酒場での食事を所望したため、ルアとドゥーベは今それに付き添う形になっている。
僕は今回の詳細を聞くため、リラの執務室を訪れているというわけだ。
「でも、王都外れの丘に行きたいって、何かあったんですか?」
「うむ。実は最近、子供たちが王都の外にも出てみたいと言い始めてな。教育のためにも、その丘に連れて行ってやろうかと思ってるんだよ」
「なるほど、ピクニックというやつですね」
リラは王都の襲撃事件の後、奴隷商会が囲っていた子供たちを保護する孤児院を設立していた。
商会の実務と併せて忙しそうではあるが、リラ本人はとても充実した顔をしている。
「それでは、早速出かけるとするか」
リラがそう言って、僕たちは二人で街道のモンスター討伐へ向かうことになった。
***
「フッ――!」
「ハァッ――!」
僕はリラと交互に剣を振るう。
リラが指定した街道にはウルフ種やバード種などのモンスターが多数見かけられたが、二人で手当たり次第に倒していった。
そして――、
「これで片付いたでしょうか?」
「ああ。しかし流石だなリジル。まだまだ君には及びそうにないよ」
「ありがとうございます。でも、リラさんも相当鍛錬されてるんですね。前よりも凄く強くなってると感じました」
「ふふ。君と共に挑んだ戦いで私も勉強させられたからな」
そう言って、僕たちは剣を収める。
「そういえば、ルアは息災か?」
「ええ、元気ですよ。この前も二人でルアの仲間がいる里に行ってきたんです」
「ふふ。仲睦まじいようで何よりだ」
そうしてモンスター討伐の帰り道を歩いていると、リラが少し歯切れ悪く話しかけてきた。
「リジル、その……、実はもう一つお願いしたいことがあるのだが……」
「……?」
「ルアに、料理の稽古をつけてもらえるよう頼んでもらえないだろうか」
「料理の稽古、ですか?」
リラが発した意外な単語に思わず反応する。
リラと言えば若くして商会の長に就いた女性だ。
最近では孤児院も設立し、何でも完璧にこなすというイメージがあったのだが。
そのリラがとても言いにくそうに言葉を続ける。
「いや、その、なんだ……。ただ単に外に出るだけでは子供たちもつまらないかと思って。食事を用意してやりたいのだ。それで、最近料理にも挑戦し始めたのだが、これが難しくてな……」
ああ、なるほど。
ルアの料理の腕は確かに一級品だ。
以前、王都でも評判の料理店へルアが手伝いをしに行ったことがあった。
あまりに美味しい料理を作るものだから、酒場の料理長から「ぜひウチで働いてくれないか!?」と懇願されていた。
ルアは「私はリジル様のお近くにいたいですから」と断っていたが。
リラはルアの腕を見込んで料理の稽古をつけて欲しいと考えたのだろう。
それにしても……。
「リラさんでも料理は苦手だったんですね」
「し、仕方ないだろう。これまで商会のことや武術の鍛錬に時間を使ってきたのだ。それに、料理というやつは正直、経営学や武術の鍛錬よりも難解な気がする……」
弱気な言葉を投げつつ、リラは頭を抱えている。
何だかリラの意外な一面を見た気がするなと、そう考えながら僕は王都への帰り道を進んでいった。
***
「ねー、ルアお姉ちゃんはリジルお兄ちゃんとケッコンしないのー?」
「け、結婚!? そ、それはまだ……」
「『まだ』ってことはいつかケッコンするんだよね!」
「わー、ルアお姉ちゃんの顔あかーい!」
王都外れの丘へ向かう途中、ルアが手を引いていた子供たちから怒涛の追及を受けていた。
子供とは恐ろしい……。
その日はとてもよく晴れた日だった。
きっと見晴らしの良い丘で食事をするのは気持ち良いだろう。
「ふひひー。ごはんーごはんー」
「ちょっとナル。よだれ垂れてるッスよ?」
「うっさいなぁ、ハゲちゃびん」
「相変わらずのようで何よりッス……」
隣ではナルとドゥーベがお決まりのやり取りをしていた。
ドゥーベの言う通り、変わらないなと、そんなことを考える。
「ふふ。しかしこうして大人数で出かけるのも良いものだな」
「ええ、そうですね」
リラが今日のために作ったという料理を大事そうに抱えながら隣を歩いていた。
僕はそれを見てリラがルアと料理に励んでいた様子を思い出す。
――それではリラさん。こちらの小麦粉を練っていきましょう。
――む、こうか?
――あ、それだと強く練りすぎです。もう少し優しく、猫を撫でるような感覚で――
――ルア、砂糖はこれくらいでいいか?
――リラさん……。お肉でお菓子を作るおつもりですか?
――っと、ちょっと火が強いか?
――ああっ! リラさん消化消化! 火事になりますっ――!
うん。
中々に修羅場だったな。
でも、そうして今日の料理を何とか作り上げたリラは達成感に満ち溢れているように見えた。
***
「それじゃあ、いっただっきまーす!」
「うーん、これおいしー!」
「これリラお姉ちゃんが作ったの? すっごーい!」
「ふふ。誰かに喜んでもらえる、というのは嬉しいことだな」
丘に着いた後、子供たちと輪を作って料理に手を付けていく。
確かに、リラの作ったという料理は見栄えこそ不揃いだがとても美味しかった。
「良かったですね、リラさん」
「ああ、ありがとうルア。君のおかげだ」
「ええ、お役に立てたようで何よりです」
僕の隣ではリラとルアが笑いながら話していた。
食事を終えた後は子供たちの遊びに付き合うことになった。
フェンリル化したナルがはしゃぐ子供たちを背に乗せて走り回っている姿も見える。
少し離れたところでは、子供たちに草の輪の作り方を教えているルアがいた。
「今回の件、改めて礼を言うよリジル。ありがとう」
「いえ、みんな喜んでくれたようで良かったです。リラさんの料理、美味しかったですよ」
「ふふ。そう言ってもらえて何よりだ」
気持ちの良い風が吹く丘で、リラが隣に腰掛ける。
金髪の奥で細められた目は遊ぶ子供たちに向けられていた。
「しかしルアの料理の腕は凄いものだな。あれは毎日食べたくなる」
「ええ、本当に。……そういえばルアはよく僕に料理を作ってくれるんです。もしかしたらそれもあるのかもしれませんね」
僕のその言葉を聞いて一瞬きょとんとした後、リラは口を抑えて笑い始めた。
「どうかしました? リラさん」
「いや、料理が上達するコツというのをルアが話していて、それを思い出したものでな」
「へぇ。コツ、ですか」
「ああ。食べてもらえる人のことを想って作ることだと。ルアの場合は、いつも食べてくれる人に愛情を込めて作っていると、そう言っていたな。それから、その人は自分の一番大切な人だから、とも」
「そ、そうですか……」
リラのその言葉を聞いて、僕は体温が上昇するのを感じる。
きっと顔は赤く染まっているだろう。
そんな僕の様子を見て、リラは声を上げて笑うのだった。
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