最終話 草の輪に込めた想い

 王都襲撃の事件があってから数日。


 僕はルアの故郷の仲間がいるという里へと向かっていた。


 情報をくれたのは意外にもルギウスだった。

 クロと関わっていた際に聞いたことがあるらしい。



 あの後、ルギウスは王都襲撃の一件に加担した罪で投獄された。


 鉄格子越しに話すルギウスは痩せこけていたが、話はできる状態だった。

 そして、ルアの仲間がいる里の情報をルギウスは話してくれたのだ。


「さっさと行っちまえ、このお人好しめ」


 里の情報を話し終えた後、最後にそう言ったルギウスの顔は少しだけ笑ったように見えた。



 それから、王都では色んな動きがあった。


 まず、シリング王の命の元、現れた紋章に優劣を付けることを厳しく禁じられた。


 ……そういえば、父上もその流れで貴族の名を剥奪されたんだとか。


 そもそもの一連の騒動はそこが発端だった、もっと早く動くべきだったとシリング王からは頭を下げられた。


 僕としてはそのおかげで出会えた人たちがいたことに感謝しているし、それにシリング王のせいではないと伝えたんだが。

 そうしたら「リジル君、君はやはりマーベラスだ! ゆくゆくは私の王の座を継がないか?」などと冗談か本気なのか分からないことを言われてしまった。


 また、かつて奴隷を扱っていたハダル商会が壊滅したことで、奴隷の行方の情報も得ることができた。

 それほど数は多くなかったものの、奴隷に対して差別的な扱いをしていた貴族は一斉に摘発されたらしい。


 奴隷の子たちは、リラがミダス商会の長として新たに設立した孤児院で保護することになったんだそうだ。

 僕とそう変わらない年齢なのにと感心していたところ、「これで少しは君に近づけたかな?」とよく分からないことを言われた覚えがある。



 そして今、僕はルアと並んで道を歩いている。


 王都を歩いていると道行く人みんなに挨拶と感謝をされる日々が続いていたので、久しぶりにルアとこうして落ち着いて歩けるのは幸せだった。


 ……それは少し、別の理由が原因なのかもしれないけど。


 始めはナルも付いてくると言い張っていたのだが、何故かアンバスやドゥーベ、そしてバグ―やミアに引き止められていて、「リジルたちが戻ってきたら酒場でごはんー!」と言い残して引っ張られていった。


 そうして結局、今はルアと二人で歩いているというわけだ。


 ……。


 ――何だか、初めて二人でファーリス村に向かっている時のことを思い出すな……。


 また落ち着いたらファーリス村の人たちとも話を交わしたいものだ。


 感慨深くそんなことを考えていると隣のルアが、


「初めてリジル様とファーリス村に行った時のことを思い出しますね」


 と言った。


 僕の思考をそっくりそのままなぞったようで思わず笑ってしまい、ルアが怪訝そうな表情を浮かべていた。


   ***


「まさか……、ルア……?」

「マール!」


 里の入口で出会った女の人を見て、ルアが駆けていく。

 ルアと同じ銀色の髪でライトブルーの瞳。

 年は僕やルアよりも少し上だろうか?


 次第に騒ぎを聞きつけた人たちが集まってきて、ルアを取り囲む。

 お互いの再会を喜び合うルアと里の人たちを遠巻きに見て、僕もこみ上げるものを感じていた。


「じゃあ、あの人が……?」


 ルアがこれまでの経緯を話したのだろう。

 先程ルアがマールと呼んでいた女性が、僕の方へとやって来る。


「ルアのこと、本当に……、本当にありがとうございました。皆を代表して感謝申し上げます」


 マールは涙交じりに深々と僕に頭を下げた。


「い、いえ。そんなことより。ルアが皆さんと再会できて良かったですよ」


 僕は慌てて頭を上げてほしいと言ったが、その後もマールに頭を下げられ続けたのだった。



 積もる話を邪魔しては悪いと思い、僕はルアを迎えた輪から離れて里を散策していた。


 歩いていると、里の中でも開けた場所に出る。

 草が生い茂った広場があり、その中心では男の子と女の子が遊んでいた。


 何だろう?

 男の子が何かを作っているみたいだ。


「あら、リジルさん。こんなところにいらしたんですか」


 後ろから声をかけてきたのはマールだった。


 マールの話は、今日の夜にルアとの再会を祝して宴を開きたいということ、そこで僕にも是非お礼がしたいというものだ。

 断る理由もないので、「こちらこそお願いします」と返す。


 ふと子供たちの方を見ると、女の子が照れながらも嬉しそうにはにかんで、男の子から草の輪を受け取っているところだった。

 僕は気になってマールに聞いてみる。


「あの、マールさん。あの子供たちは何をしているんです?」

「え? ああ。あれは草の輪と言ってですね、私たち独自の文化なんです。草の輪を贈ることは相手への感謝を伝える行為なんですよ」


 なるほど。

 草の輪を贈ることで相手への感謝を形にするのか。


 そうして僕は納得しかけたのだが、マールは付け加えられる。


 ――それから、この場合の「相手」というのは好きな人や恋人のこと、ですね。


「……」


 マールのその一言を聞いて、僕の中である一つの決意が固まった。



 楽しそうな笑みを浮かべたマールが去った後で、僕は子供たちに声をかけることにした。


「ねぇ、その草の輪の作り方、僕にも教えてくれないかな?」


   ***


「あ、リジル様」


 陽も沈みかけの時間となり、子供たちも帰った後でルアがやって来た。

 どうやら僕のことを探しに来てくれたらしい。


 宴まではまだ時間があるからと、ルアは僕の隣に座ってくる。


「ふふ。何をされていたのです?」

「ちょっとね……」


 僕は後ろ手で持っているものに気付かれたくなくて、曖昧な返事になってしまう。


 夕陽がルアの顔を赤く照らし、肩まで伸びた銀髪が風に揺れている。


 とても綺麗だと、そう思った。


 僕は早鐘を打っている心臓を抑えつけながら、意を決する。


「あ、あの、リジル様」


 けれど、先に言葉を発したのはルアの方だった。


 そして、目の前にルアの手が差し出される。

 その手には草の輪が握られていた。


「こ、これをですね、リジル様にお渡ししたくて……」


 緊張が一気に解けて、笑いがこみ上げてきた。


「リ、リジル様?」


 不思議そうな顔で覗いてくるルアへ答える代わりに、僕も手に持っていたものを差し出す。

 ルアが持っているのと同じ、草の輪だ。


「え? あ、え? まさかリジル様、この草の輪の意味、知って……」

「うん。マールさんから聞いた」


 ルアの顔が夕陽の赤よりも紅く染まる。


 まったく、緊張していたのは何だったのか。

 僕は笑い、ルアもきょとんとした顔をした後につられて笑い出す。


 二人の笑い声が混ざり合って、時間がとてもゆっくり流れているように感じた。


 そして、ひとしきり笑い終えるとルアが姿勢を正す。


 銀髪の奥から覗くライトブルーの瞳が見上げてきて、それは何かを決意したように見えた。


 ルアが瞳を閉じる。

 綺麗な瞳なのにちょっと勿体ないなと、そんなことを思った。


 ルアの髪が少しだけ揺れて、ゆっくりと顔が寄せられる。


 それはあるところまで近づき、距離がゼロになったところで止まった。


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