第42話 欠落紋の最強クリティカル使い
「や、やった……」
地面に横たわるルギウスの体からは黒い影が無くなり、纏っていた邪気も失われているように感じた。
恐らく、もう戦える状態ではないだろう。
「リジル様ぁ!」
ルギウスが倒れたことで仲間たちも束縛から解かれたのか、僕の方に駆け寄ってくる。
ルアも怪我など無いようで心底安堵した。
「で、リジル。そいつどうなったの? 生きてる?」
「ああ、黒い石だけを破壊したから大丈夫なはず」
と、ルギウスが仰向けの状態で薄っすらと目を開ける。
戦闘前とは打って変わって憑き物が落ちたような顔をしていた。
「リジル。俺の、負けだ。トドメを刺せよ」
「……」
「家名も、勇者の地位も失った。そしてお前にも……。俺にはもう何も無い」
今までのルギウスと違い、ひどく落ち着いた声だった。
黒い石の侵食は精神にも影響が及んでいたのかもしれない
「さあ、リジル。早くトドメを……」
「ルギウス。僕はしないよ」
「……っ。俺には何も無いと言っただろう。これから生きて何があるというんだ」
「……僕だって屋敷を追い出されたときは全てを失ったと思ったさ。でも、そこから見つけたものもある」
僕の本心だ。
別にルギウスを許すわけじゃない。ルギウスは罪を償うべきだ。
けど、僕だって絶望の中で色んなものを見つけた。
守りたいと思う人たちに出会えた。
だから、過去に何があっても諦めさせるということはしたくなかった。
これはエゴだろうか? 自分勝手だろうか? 綺麗事だろうか?
でも、それらが無ければ僕はルアとも出会えなかったんだ。
「リジル様……」
僕は胸の前で両手を合わせているルアに向けて少しだけ笑ってみせた。
「……チッ。このお人好しが……。逆にキツいっての」
「はは。そうかもね」
「……この俺に勝ったんだ。負けるんじゃねえぞ……」
ルギウスはいらぬことを言ったとでもいうように僕から目を逸らしていた。
「リジル、気をつけろ。まだヤツがいる」
「はい、アンバスさん。分かっています」
僕は言って、不気味に沈黙していた呪術師クロの方へと向き直る。
この一連の騒動の元凶となった男がそこにいた。
「クヒャヒャヒャ。いやぁお見事お見事。まさか魔王の瘴気さえも打ち破るとは。さすが欠落紋の剣士といったところでしょうか」
「えっらそうに! ファーリス村でもリジルにやられてるくせに!」
「ケケケ。あの時とは状況が違うんですよぉ、獣人のお嬢さん」
クロは大仰に手を広げ高笑いし続けている。
――状況が、違う?
以前は地面に潜るグールでルアを奇襲してきたクロだ。
僕は【索敵】スキルで周囲を警戒するが、辺りに広がるのはルギウスとの戦闘前に討ち倒したモンスターたちの死骸があるばかり。
他にモンスターの気配も感じないが、何か策を隠しているのか……?
「ククク、すぐに分かりますよぉ。なぜワタシがモンスターの群れを引き連れて来たのかねぇ」
両手を掲げるクロの周りに邪気が集まり始める。
ルギウスの時とは違う、異質な雰囲気だった。
「集え! 死したモンスターたちよ! そして我が身を覆う盾となるがいい!!」
「――!」
辺りに転がっていたモンスターの死骸から黒い邪気が現れ、クロの体を中心に勢いよく集まっていく。
黒い邪気の暴風が収まると、そこから現れたのは異形かつ大型の怪物だった。
「フヒャヒャヒャヒャ! どうです、ワタシが長年の研究の果てに辿り着いた叡智の結晶は!? これこそが全てのモンスターの頂点に位置する古の存在、ダークリッチの姿なのです!!」
「ダーク、リッチ……」
クロの体は遥か頭上に位置し、その周りを死骸から集めたのだろう、モンスターの核である魔石が覆っていた。
それはさながら、巨大な躯のようにも見える。
「クケケケ。まあ、本意ではありませんでしたけどねぇ。本来なら魔王を君臨させ、裏で手を引くつもりでしたから。しかし、今となってはどうでもいいこと。この姿であれば……」
クロ……、いや、ダークリッチは黒い影に覆われた両の拳を握りしめる。
「この姿であれば、全てが叶う! アナタたちを虫ケラのように葬り去ってさしあげますよぉ!」
「こんな怪物、どうすれば……」
ルアが不安そうに呟き、他のみんなも一様に緊張した面持ちでダークリッチを見上げている。
そもそも、クロは初代勇者の時もファーリス村での戦いの時も倒したはずが生き延びていた。
どうすればクロを倒すことができるのか……。
「おい」
次に言葉を発したのは意外にもルギウスだった。
「別のモンスターの核である魔石を自分のものにする。それが奴のスキルだ。奴自身も体内に複数の魔石を持っている。だから、魔石を全部壊せ。そうすれば奴は倒せる」
予想外の言葉に驚いて僕を含めたみんなが呆気にとられた顔になっていた。
そして、少し置いてルアがルギウスに問いかける。
「でも、あんな数の魔石をどうやって砕けば……」
「さぁな。それは自分たちで考えろ」
「……ありがとう、ルギウス」
「……」
ルギウスは答えず、臥せったままで顔を背けた。
「みんな、頼みがある。少しの間でいい。ダークリッチの攻撃を抑えてほしい」
「その顔は、自信があるみてえだな。いいぜ、お前の好きにやってみろよ」
「リジル、今度は私が君の助けになる番だ」
「その通り! 俺たちも力になるッス!」
「おおっし、やるぜお前ら」
「ええ、リーダー。いくよ、ナルお姉ちゃん!」
「おっけー! 負けないよミア!」
アンバス、リラ、ドゥーベ、バグ―、ミア、ナル。
それぞれが決意に満ちた目でダークリッチに向けて構えをとった。
「ありがとう、みんな。これで最後だ。」
「リジル様、信じています」
「ああ」
そして僕も魔石剣エルブリンガーを手にダークリッチへと向き直る。
確信があった。
僕は……、いや、僕たちは負けないと。
「さあ、お祈りは終わりましたか? いよいよ、ここから始まるのです! 魔族再興の物語がねぇ!」
夜の暗闇にダークリッチの声が響き渡る。
そして、躯の手が死神の鎌のように振り回された。
しかし……、
「くっ、この……。小癪なぁ!」
迫る巨大なダークリッチの手を、仲間のみんなが必死に抑えつける。
そして、みんなが稼いでくれた時間を費やし、僕は剣を収めた状態でダークリッチの中心部へと狙いを定めた。
全ての力を振り絞ってもいい。
絶対に勝つ……!
右手の紋章がこれまでに無いほど赤く輝く。
「いくぞっ!」
【縮地】のスキルでダークリッチの中心に迫り、抜刀した魔石剣エルブリンガーで渾身の一撃を繰り出した。
一閃――。
振り払われた剣撃はダークリッチの体を覆う魔石の鱗に命中し、深くまで抉る。
「ク、クク。確かに凄まじい威力ですが、この数万のモンスターの核を持つワタシにとっては無意味!」
「なら、全部当てるだけだ! 【スキルチェイン】!!」
「なぁっ!!」
ダークリッチの中心から波紋のように衝撃波が広がり、躯の体を形成した魔石が砕け散っていく。
そして、それは体の端にまで到達するとことごとくが崩れ落ち、残すはダークリッチの本体、クロの体のみとなった。
「そ、んな……。ここまでとは……」
僕の背後から朝日の光が差し込むのと同時、僕は最後の一撃をクロの体に叩き込む。
「これで終わりだぁああああああ!!」
――ガァアアアアアアアアアッ!!
僕の剣が全ての魔石を砕くと、クロの体は太陽の光に飲まれるように消滅していった。
***
「あ、リジル様……」
「ルア……」
目を開けるとルアの顔があった。
「お、英雄のお目覚めだぜ」
アンバスの声の方に視線をやると、仲間たちが僕を覗き込んでいた。
「安心しな。みんな無事だからよ」
「良かった……。じゃあクロは倒せたんですね」
アンバスが頷く。
そうか、これで脅威は去ったんだ……。
僕は安堵か達成感か、よく分からない感情を抱えて辺りを見回す。
クロを倒してからそれなりに時間が経っているのか、王都の人たちを避難させていた兵士たちの姿もちらほらと見かけられた。
「あれ、そういえばルギウスは?」
「ああ、奴はあそこだよ」
見ると、ルギウスが拘束された状態で護送用の馬車に乗せられているのが見えた。
「また、話せるでしょうか?」
「さてな。奴のしたことは重罪だ。然るべき裁きは受けることになるだろうが」
「そう、ですか……」
どうなるかは分からないが、いつか話す機会があればいいと、そう思った。
「で、だ。感傷に浸ってるところ悪いんだがよ。そろそろ起き上がった方がいいぞリジル。そのままじゃ格好つかねぇからな」
「え?」
ルアが赤面してる?
そういえば後頭部の下がやけに柔らかいような……。
状況を理解してガバリと起き上がった僕を見て、みんなが笑い声を上げる。
どうやら僕は今までルアの膝の上に頭を置いていたらしい。
「さて、それじゃあ王都に戻るとするか。シリング王からもたっぷりと褒美を貰わねえとな」
アンバスがそう言って、またもみんなが笑っていた。
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作者からのお知らせ
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
次話で最終話、完結となります。
是非お読みいただけますと嬉しいですm(__)m
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