第39話 負けられない戦い
「いやぁそれにしてもアンバス嬢にも会えるとはラッキーだったよ。相変わらず見目麗しい。どうだい? 今度二人で食事でも」
「お前、相変わらずだな……」
モンスターの大群が王都に向かっているという情報を聞きつけ、僕たちはシリング王の勧めもあり王宮へとやって来ていた。
シリング王が話しかけるも賢者アンバスはため息をついていて心底面倒くさそうだ。
アンバスは初代勇者の仲間だったくらいだし、シリング王と面識があるのだろう。
昔話を混じえながら歩くシリング王とアンバスの後ろに僕、ルア、ナル、ドゥーベが続き、その後ろからはミダス商会の長であるリラ、そして獣人のバグ―とミアが付いてきていた。
僕が王都を出てから出会ってきた人たちだった。
王宮の長廊下を歩いた後、大きな円卓がある部屋に通されると僕たちは用意された椅子に腰掛けた。
「あいててて……」
「大丈夫ですか、アンバスさん」
「ああ。王都まで来てすぐに大出力で結界なんて張ったもんだからな。もうオレも年かねぇ」
椅子に腰掛ける動作だけでもかなり辛そうだった。
それを見て、ルアが【収納魔法】から回復薬を取り出す。
「良ければこれをどうぞ、アンバス様」
「おお、助かるぜ嬢ちゃん」
「ふふ、お気になさらず。私の【収納魔法】には回復アイテムをたくさん常備していますから」
「嬢ちゃんのそのスキル、便利だよなぁ。一体どうなってるんだ?」
「私自身も原理はよく分かっていないのですが、異空間に繋ぐことが出来る魔法のようなんです。リジル様のお役に少しでも立てているといいのですが」
ルアは謙遜して言っているが、ルアのスキルは役に立っているなんてもんじゃないだろう。
これまでの冒険や戦闘の中でも、ルアのスキルが無ければ脱することができない窮地はたくさんあった。
僕がそのことを正直に伝えると、ルアは少し照れながら「ありがとうございます」と言ってくれた。
「異空間に繋ぐ魔法、か……」
そんな僕とルアのやり取りをよそに、アンバスは何か考え込んでいるようだった――。
「さて。現状で考えるべきは主に2つだ。迫るモンスターの大群にどう対処するか。そして魔王軍幹部であるクロという男をどうするか」
席についたシリング王がそう言って、僕たちは現状を整理しにかかる。
モンスターの大移動を目にした獣人の長バグーやナルの妹ミアによれば、その数は1万をくだらない軍勢だったという。
それだけの大群にまともに立ち向かえば勝ち目は薄いだろう。
せめてモンスターの数を削ることができればいいのだが……。
そして、モンスターを指揮していると思われるクロの存在。
初代勇者が倒し、ファーリス村での戦いでも討ち倒したはずなのに生き延びていることを考えれば、クロは何かしらのスキルを使って生き延びているのかもしれない。
もしもクロが不死のような存在なのだとしたら、どうすればいいのか……。
それに、姿を消してしまったルギウスのことも気にかかる。
「「「……」」」
沈黙が続くその場で口を開いたのは、ルアと話してから神妙な面持ちでいた賢者アンバスだった。
「なあ、一つ名案があるんだが――」
アンバスは打って変わって、いたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべている。
僕はその時、まだ気付いていなかったんだ。
先程のルアとアンバスの何でも無いようなやり取りが、王都を襲う脅威を打破するきっかけとなることに。
***
王宮での作戦会議を終え、モンスターが王都周辺に差し掛かる頃合いとなると、皆がそれぞれ王都から離れた所定の位置に付いていた。
王都の人たちにはモンスターの襲来があることを伝え一時的に避難してもらっていたが、王都を落とされれば結局は同じこと。
老人や子供も含め、多くの人が住まいを失い城壁の外で難民となれば、多くの死者が出てしまうことは想像に難くない。
だからこそ、迫るモンスターの群れは絶対に退ける必要があった。
僕は王都の人たちの顔を思い出す。
不安に覆われながらも、みんなが僕たちを声援で送り出してくれた。
それは、かつて僕が王都を離れる時には無かったものだった。
――絶対に、負けられない。
僕はそんな想いを胸に、右手を固く握りしめる。
嵐の前の静けさというやつか陽も完全に沈んで辺りは静寂に包まれていたが、満月の月明かりのおかげで僕たちがいる高台からは周囲を見渡すことができた。
「いかがですか、リジル様」
「うん。まだ【索敵】スキルの範囲にモンスターは差し掛かっていないみたいだ。もう少し時間はあるかもね」
僕はルアからかけられた問いに応じつつ、警戒を緩めずに【索敵(範囲大)】のスキルで周囲を探知する。
ルギウスとの戦闘の影響もあってか、僕の右手に刻まれたスキルにはあれからまた少し変化があった。
===========
・命中率上昇(範囲大)
・スキルブレイク
・物質破壊
・索敵(範囲大)
・縮地
・スキルチェイン
===========
【命中率上昇】と【索敵】スキルの範囲が拡大している他、新たに習得した【スキルチェイン】。
アンバスによれば、対多数の敵に対して非常に有効なスキルということらしいが……。
「緊張、しますね……」
隣で漏れるルアの声。
見るとルアの手は小刻みに震えていた。
これまでの規模とは桁の違うモンスターの数だ。
ルアが不安になるのも無理はないだろう。
僕はルアを落ち着かせたくて、そっと手を握る。
「大丈夫。僕はもちろん、みんなもいる。王都の人たちのためにも、負けられない」
「リジル様……」
「ルア。この戦いが終わったらさ、ルアの故郷の仲間を見つけに行こう。他にも、僕はルアと一緒にやりたいことがたくさんあるんだ。だから、必ず勝とう」
ルアは返事をする代わりに僕の手を握り返してきた。
そして、何かを決意した様子で顔を上げる。
「あ、あの、リジル様――」
ルアが伝えようとした言葉は、僕が察知した気配に遮られた。
――来た!
僕は【索敵】スキルで大量のモンスターを探知したことを伝え、ルアもそれに応じて臨戦態勢に入る。
更に僕は遠方と交信するための水晶玉を取り出し、皆にモンスターの群れが迫っていることを伝えた。
「ルア、僕が合図したら打ち合わせ通りに」
「はい!」
しばらくして、平地にモンスターの大群が差し掛かるのが肉眼でも確認できるようになる。
事前に獣人のバグーやミアから聞いていた通り、凄まじい数のモンスターだった。
僕は高台からじっと機を伺い、ギリギリまでモンスターの群れを引きつける。
「……」
――あと少し。
「…………今だ、ルア!」
「はい!」
僕の合図でルアが【収納魔法】を発動すると、黒く染まった異空間とのゲートが空中に浮かぶ。
今までにも装備品や回復アイテムを取り出す際に使われてきたスキルだが、今回の目的はまったく別のものだ。
「いきますっ!」
ルアが叫ぶと【収納魔法】によって開かれたゲートからは大量の水が勢いよく流れ出す。
作戦会議の後、ルアが収納魔法に溜め込んだ川の水だ。
それは僕が事前に【物質破壊】で掘っていた溝を伝い、僕たちのいる高台からモンスターの群れがいる平地へと勢いよく流れ込んでいく。
――グォガァアアアアア!!
高台から放たれた大量の水は凄まじい勢いを持つ人工的な洪水となり、モンスターの群れの大部分を押し流していく。
――やった。これで一気に敵の数が削れた。
「よし。行こう、ルア!」
「はい、リジル様!」
僕は両手でルアの体を横向きに抱え上げる。
ルアが僕の胸元で両手をきつく握るのが分かった。
――そうさ。この戦いは絶対に負けられない……!
「さあ、戦闘開始だ!」
僕はルアを抱えたまま【縮地】のスキルを使用し、残るモンスターのいる場所へと駆け下りていった。
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