第31話 ハダル商会殲滅戦
僕はルアが出ていった扉を見つめて、しばらくその場から動くことができなかった。
久しぶりにルアと二人きりだったのもあっただろうか。
普段よりも大きすぎる心臓の鼓動はまだ収まりそうにない。
本当に危なかった。
読書灯の灯りに照らされる幻想的な雰囲気の中で、銀髪の奥から宝石のように綺麗なライトブルーの瞳を向けてくるルア。
そんなルアが手の届くところにいるのだ。
途中、手を伸ばして抱きしめたらどうなるだろうと、そんなことを考えてしまった。
自分でも恥ずかしくなるその考えを振り払うように僕は頭を左右に振る。
明日はハダル商会に乗り込まなくてはならないんだ。
さっさと寝てしまおう。
と、ベッドに入ったが僕は自分の考えが浅はかだったと気付く。
それから朝になるまでろくに寝付けなかった。
***
「敵襲! 敵襲っ!!」
翌日、僕たちがハダル商会の本丸に乗り込んで少しした頃、商会の内部ではそんな声が響く。
まず僕たちは、ハダル商会が禁止されている奴隷商を今もなお行っているとして証拠を提示し、これはシリング王の命であることを伝える。
認めて大人しく降伏すれば刑の減免も一考するとリラが伝えたところ、返ってきたのは降伏の意でも弁明でもなく、こちらを攻撃するナイフだった。
向けられたナイフをリラが難なく斬り伏せ、襲いかかってきた構成員を僕やナル、ドゥーベで退けたところ、商会内に戦闘を知らせる声が響いたというわけだ。
できれば穏便に済ませたかったが、相手が強硬策に出るようであればこちらも容赦はしない。
相手に致命傷を与えないように【命中率上昇】のスキルだけは使わなかったが、【物質破壊】で相手の装備を破壊し、スキルに対しては【スキルブレイク】で迎撃、逃げようとする相手には【縮地】で対応した。
物陰から奇襲をかけようとする構成員もいたが、【索敵】スキルで事前に居場所を探知しているため、これも問題なく対処できた。
「リジル、本当に君の紋章の持つスキルは万能……というか反則的だな。私たちミダス商会の用心棒として欲しいくらいだ」
途中でリラからそんな言葉をもらう。
リラほど腕が立つのであれば、用心棒などいらない気もするが。
僕たちは商会の中で一番奥の部屋まで来ると、先陣をきったナルとドゥーベが勢いよく扉を開ける。
「こらー! おとなしく捕まれ―!」
「抵抗するなら容赦はしないッスよ!」
部屋の中には数名の構成員の他、あご髭を生やしたリーダー風の男がいた。
僕たちを見るやいなや、慌てふためいて後退りしている。
「く、くそっ、ここまで攻めてくるとは……! おい、ケルベロスを放て!」
「で、ですがケルベロスは自分たちにも制御が……」
「構わんっ! ここで殲滅されるくらいなら一か八かに賭けた方がマシだ!」
商会の長らしきあご髭の男が、何やら部下に命令を出している。
【索敵】スキルでこの部屋の隣にモンスターの気配を感じ取っていたが、それだろうか?
「くっくっく。いくらここまでやってこれたお前らでも、この化け物には敵うまい!」
あご髭の男が得意げにそう言うと、部屋の隠し扉から3つの頭を持った大型の魔物が現れる。
いかにも番犬という感じのモンスターだ。
「ルア、魔石剣を頼む」
「はい、リジル様」
僕は対人用で加減するために持っていたショートソードから、魔石剣エルブリンガーに持ち替える。
そして、
「ソードバッシュ!」
【命中率上昇】のスキルを発動してケルベロスにクリティカルの一撃を叩き込んだ。
「なぁにぃっ!」
核である魔石を破壊し、一瞬でケルベロスが消し飛ぶ。
あご髭の男は驚愕の表情を浮かべていた。
強力なモンスターだったのだろうが、デュラハンやボルケーノドラゴンなどのこれまで戦ってきたモンスターと比べると正直見劣りするレベルに感じる。
「さて、後は私の役目だな」
動けずにいるあご髭の男に向けてリラが歩いていき、細剣のレイピアを男に突きつける。
「答えろ。お前たちの背後には魔王軍が絡んでいるな?」
「し、知らねぇ。俺たちは人間だぞ。魔族と関わりを持つはずが――」
――ビシュッ!
あご髭の男の答えに、リラがレイピアを眼前ギリギリのところで横払いする。
「私が今使用しているスキルは【虚言看破】だ。後は、言わなくても分かるな?」
その言葉を聞いて、あご髭の男は観念したかのように知っている事実を話し始めたのだった。
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