第32話 呪術師クロの暗躍
「……というわけなんです」
「その黒いローブの男に関して、他に知っていることは?」
「な、ないない、無いです! だからその剣をこっちに向けないでくだせぇ」
リラに凄まれたハダル商会の長、あご髭の男は青ざめた顔で尻もちをついたままだった。
あご髭の男の話をまとめるとこうだ。
まず、ハダル商会は数年前から黒いローブを着ている男と関わり始めたということ。
その男の詳細は不明だが、魔王軍の残党が攻め入っている村の情報に詳しいことから、魔王軍に関わる存在だろうということ。
ハダル商会はその情報を元に孤児を奴隷として集めていたらしい。
その代わりに奴隷を流通する中で黒いローブの男が求める人間を選定し、引き渡す約束をしていたと。
黒いローブの男というのは十中八九、魔王軍幹部であるクロのことだろう。
求める人間、というのはクロが以前こぼしていた「器」に関わる人間だろう。
どういう人間を求めていたかが聞き出せれば、クロの目的が分かるかもしれない。
「黒いローブの男から求められた人間というのは具体的にどういう人物なんです?」
「詳しいことは、俺にも分からねぇんだ。ただ、ローブの男から預かったこの黒い石をかざせば反応がある、とだけ……。もっとも、そんな奴はこれまでいなかったんだが」
あご髭の男がおずおずと差し出してきた黒い石を受け取り、リラは再度レイピアの切っ先を向ける。
「裏で奴隷を取引するだけでは飽き足らず、魔族に協力するなど……。貴様、許されることと思うなよ」
「ヒ、ヒィ……!」
僕は激昂するリラを制して、あご髭の男に続けて尋ねた。
もちろん僕だって許せない思いはあるが、まだ聞き出したいことがある。
「僕からもいくつか質問があります。リラさんの【虚言看破】のスキルで嘘と分かれば、どうなるか分かりますね?」
「あ、ああ。分かってる。嘘はつかない……」
「あなたはあそこにいる少女に見覚えはありますか?」
「銀髪に青い瞳……。ああ、数年前に黒いローブの男から聞いた案件だ。覚えがある」
あご髭の男はルアを見てコクコクと頷く。
「その詳細というのは?」
「銀髪で青い瞳の色をした奴らが暮らしてる村に攻め入るってんで、報せがあったんだ。何でも、珍しい紋章を持つ奴らだからってんで黒いローブの男も期待してたらしいんだが、『器』に相応しい人間はいなかったから後は自由にしていいとか何とか……」
「……っ」
側にいたルアが息を呑み、僕の袖口を握ってくる。
ルアの村に攻め入ったのはクロだったということだろう。
ここでも狙いは「器」だったということか。
――すまないルア、聞きたくない話だろうが……。
「その時奴隷として攫った子供たちは?」
「それが、俺たちがその村で確保できたのは一人だけだったんだ。生き残った連中からはぐれてたらしくてな」
「……」
その一人がルアということだろう。
「生き残った人たちはどこへ?」
「どこかへ逃げていったと聞いてるが、俺にも分からねぇ……。その黒いローブの男なら知っているんじゃねえかな」
「そうですか……」
僕はリラに目配せするが、リラは黙って首を縦に振るだけだった。
あご髭の男が言っていることは真実だということだ。
ルアの他に奴隷として扱われた子がいなかったのは不幸中の幸いだが、生き残った村の人たちに関する情報は分からない。
手がかりになりそうなのがクロということか。
となるとクロの所在が知りたいところだが、現状では生きているかも定かではない。
あご髭の男曰く、大狩猟祭で襲ってきたデュラハンに関わる黒い石には心当たりが無いとのことなので、その黒い石を仕掛けたことにクロやクロの関係者が関わっている可能性は高いかもしれないが……。
とりあえずの情報を聞き出した僕たちは、ハダル商会の面々を王都の兵に引き渡すことにする。
その後、リラの勧めで一旦ミダス商会へと戻ることにした。
◆◇◆
「ククク、これで良し。これでリジルの野郎を……」
夜、俺は誰もいなくなった王都の広場に細工の設置をし終えて、一人ほくそ笑んだ。
――ルギウスよ。負けは許されんぞ。
父上と話した時に言われた言葉が思い出し、俺は思わず舌打ちする。
何だそれは、と思った。
まるで俺がリジルに負ける可能性があるようではないか。
現在ではただ一人、ブラックランクの冒険者になったからといって、それが何だと言うんだ。
直接対決をするとなれば、この世界で最強とされている勇者紋を持つ俺が負けることは無いだろう。
ただ、万に一つということもある。
その万に一つで俺の評価が地に落ちるようなことがあってはならない。
だからこそ俺は、リジルとの決闘の場に指定しようとしているこの広場にある細工を施すことにしたのだ。
「見ていろ、リジル。数日後にはお前の化けの皮を剥がしてやるぞ。ククク」
「へぇ、魔力を送ることで爆破できる魔石を地面に埋めるとはねぇ」
「――っ!」
俺はかけられた声に慌てて振り返る。
そこには黒いローブを着た男が立っていた。
男は路地裏からこちらに歩み寄ってくる。
何だか影から現れたようでひどく気味が悪かった。
「そんなに警戒しなくてもいいですよぉ、勇者様」
「なんだ、俺を知っているのか?」
「それはもう。かねてより勇者様のことは気になってましたからねぇ。フフフ……」
そう言って男は不敵に笑う。
月明かりの下、ローブの端からやけに青白い肌が覗き、薄気味悪さを助長させていた。
「それで、目的は何だ? 俺がここに細工をしていたことを言いふらしでもするつもりか? だとしたら……」
俺は持っている剣の柄に手を伸ばす。
が、男は敵意など無いというように手をひらひらと振ってみせた。
「やだなぁ、そんなことしませんよぉ。私はただ勇者様に協力したかっただけですよ」
「協力? 俺に?」
「はぁい。あの欠落紋の少年と決闘なさるんですよねぇ。まったく世間も見る目が無い。明らかに勇者様の方が強いというのに……」
「くっく、良いことを言うではないか」
男はうやうやしく礼をして、言葉を続ける。
「ただ、あの少年も何をしでかすか分かりませんからねぇ。勇者様もそうお考えになって保険をかけていたのでしょう?」
「む、まあな」
「でしたらぁ、これを差し上げます」
男が差し出したのは何やら黒い石だった。
モンスターの魔石とも違う雰囲気のその石は、俺が手にすると怪しく明滅している。
何だ?
別段、持っていても害は無いようだが。
――っと、――つけた。
男が何か呟いたようだったが、小声すぎてよく聞き取れなかった。
「な、何なのだ。この不気味な石は……」
「それはですねぇ。あなたのお力を増幅させるものです。必要はないかもしれませんが、もし万が一あの少年に追い詰められることがあればその黒い石のことを思い出してくださいませ。きっとその保険よりも助けになってくれるかと」
「恐らく使うことはないぞ?」
「ええ、ええ。構いません。構いませんとも。私は勇者様を応援する者です。そんな私の気持ちとして受け取っていただけましたら幸いです」
――まあ、持っておくだけならいいか。
「……分かった、そこまで言うなら持っておいてやるとしよう」
「クケケ。ありがとうございますぅ」
黒いローブを着た男はそう言って、ひどく楽しそうに笑っていた――。
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