第30話 【SIDE:ルア】想いの正体
「リジル様。少し、よろしいですか?」
私はリジル様の部屋の扉をノックして尋ねる。
リジル様がシリング王の依頼を受けた後、私たちはリラさんの好意でミダス商会に招かれていた。
奴隷を扱っているハダル商会へと向かうにしても、相手は魔王軍と繋がっている可能性が高いとして、作戦を練ってから日を改めて向かうことになっている。
それぞれに個室が用意されていたけれど、私はリジル様と話したいことがあり夜になってリジル様の部屋を訪ねていた。
「ああ、ルアか。いいよ」
声がかかるのを確認して私はリジル様の部屋の中に入る。
リジル様は机に向かい、リラさんから受け取ったハダル商会の資料を眺めていた。
卓上に置かれた灯りがリジル様の横顔を照らしていて、不意に息が詰まりそうになる。
「ルア?」
「え? あ……。す、すいません」
慌てて部屋に入り、座る場所を探してあたふたしているとリジル様がベッドに腰掛けるよう促してくれた。
不思議そうな顔をしながらリジル様も隣に腰掛ける。
まいったな……。
久しぶりにリジル様と二人でいるせいか緊張してしまう。
「それで、ルア。話って?」
「あの、シリング王と話していたことについて、伺いたくて……」
「シリング王と話していたこと?」
「はい。リジル様がハダル商会のことを調べようとしていた件、です」
「ああ……」
シリング王が言っていた。
リジル様はハダル商会の情報を知ろうとしていたと。
「それって、何でなのかなって」
リジル様は話すべきか迷っている感じではあったが、私が何度か迫るとリジル様は私の方を向いて話してくれた。
「……ルアを、故郷の人と会わせてあげられないかなと思って」
やっぱり、思った通りだった。
私は幼い頃、奴隷として売られるために王都へ連れられてきた。
それ以前に住んでいたのは、ファーリス村のように小さな村だ。
まだ魔王軍の残党に襲われる村も少なくなかった頃のこと。
私の村は、その標的になった村の一つだった。
孤児になった子供に目をつけ、奴隷としての商品を各地で手に入れる。
それが当時のハダル商会だ。
家族同然のように暮らしていた村のみんなとは、それで離れ離れになった。
そのことをリジル様に話した機会はそう多くはなかったが、この人のことだ。
ずっと気にかけていてくれたのだろう。
だから奴隷を扱うハダル商会を辿れば、私の故郷の仲間の情報を得ることができるかもしれないと、そう考えていたのだ。
私は身につけている使用人服の裾を掴みながら、唇を噛みしめる。
「ルアには話しておくべきだったかもしれないな。裏でコソコソ動くような感じになっちゃって、ごめん」
頭を下げたリジル様に向けて、私は首を強く横に振る。
分かっている。
リジル様のことだ。
ハダル商会のことをむやみに話して、私が昔のことを思い出してしまわないようにする配慮だったのだろう。
「リジル様……。もしかして昔から勇者になろうと励まれていたのは、王と会いたいと言っていたのは、私の故郷の仲間を探す、そのために?」
私は少しだけリジル様の方に体を向けて座り直す。
「……」
沈黙が答えだった。
昔から、ずっと昔からリジル様は考えてくれていたのだ。
なんてことだろう。
胸が締め付けられるような思いと共に、私はあることを願ってしまう。
――抱きしめて欲しいと、そう願ってしまった。
リジル様は誰にでも優しく、人の助けになろうとする。
そんな姿を見れば見るほどに、やっぱりこの人に仕えて良かった、これからもお側で仕えていきたい。
そういう思いが募るのとは別に、最近ではその思いが少し形を変えていることに自分でも気付いていた。
リジル様の特別でありたい、と。
それは贅沢な願いだろうか?
それは不相応な願いだろうか?
まるで自分の身体が食べられてしまうんじゃないかと、そう思えるほどに心臓が早鐘を打っている。
手を伸ばせば届く。
そんな位置に今、リジル様がいる。
もし私が今、リジル様の胸に顔を寄せたらリジル様はどんな反応をするだろう?
拒絶されるだろうか? 困るだろうか? それとも……。
私はそんなろくでもないことを考えながら、そのよく分からない感情を必死で抑えつけていた。
***
「おや、ルア。どうした? 寝れないのか」
リジル様の部屋を後にして私が階下に降りると、そこにはリラさんがいた。
リラさんの執務机には山のように資料が積まれている。
私ともそう年齢が変わらないように見えるのに、王都で最も名を馳せるミダス商会の長を務めているリラさん。
ふと私は気になって、どうして商会の長になろうと思ったのか、リラさんに聞いてみた。
そしてリラさんは一瞬、驚いたような顔をして話してくれた。
「昔、人を救っている白馬の王子様を見かけたことがあってね」
「白馬の王子様、ですか?」
「いや、そうして他人から口に出されると恥ずかしいんだがな……。その人はとある奴隷の女の子を助けていたんだよ」
「え? それって……」
「そう、ルアが今頭に浮かべている人さ。とにかく、その姿に感動してしまってね。私も誰かを救えるような力を持ちたい、そう思ったのがきっかけかな」
そう言うと、リラさんは楽しそうにくつくつと笑っている。
その姿は普段の凛とした雰囲気とは打って変わって、年相応の女の子に見えた。
「それにしても、さっき上から降りてきたルアの顔。昔の君も同じような顔をしていたぞ」
「え? そう、ですか?」
「ああ。耳まで真っ赤に染めた、そんな顔をしていたよ」
言って、またもリラさんは笑みを浮かべる。
今度はちょっと、意地悪そうな笑いだった。
そうして私は気付く。
ああ、そうか。
最近になって、じゃない。
とっくの昔から、私はリジル様に恋い焦がれていたんだ――。
そんな考えに思い当たりうろたえていると、またも私はリラさんに笑われてしまった。
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