第29話 シリング王からの依頼

 シリング王が取り出して見せた黒い石。

 それは魔王軍幹部のクロが使っていたものと同じ石だった。


「その様子は知っているみたいだね、リジル君」

「はい。以前、ファーリス村で戦った魔王軍の幹部が持っていたものなんです。シリング王、それはどこで?」

「大狩猟祭でデュラハンが現れたという場所に兵を差し向けてみたんだが、地面に埋まっていたよ」

「そう、ですか……」


 クロは確かにファーリス村で戦った時に倒したはずだ。

 しかし賢者アンバス曰く、黒い石はクロが術式を組み込んで使用していたもの。


「……」


 思い返せばクロを倒した時、アンバスはどこか浮かない顔をしていた。

 そして、あの時のアンバスの言葉。


 ――かつて初代勇者と一緒に戦った時に一度は倒したんだ。


 となると、今回もそうなんだろうか。

 何かしらの手段でまだクロは生きていて、デュラハンをあの場に召喚したということになるのか?


 そういえばクロは、魔王を復活させるために「器」が必要だとか言っていたな……。


「シリング王、実は……」


 僕はどこか不穏なものを感じて、魔王軍幹部クロのことをシリング王に伝える。


 そのクロが魔王復活について何かしらの手段を講じているかもしれないこと、もしかすると黒い石はそのことに関係があるかもしれないことなどだ。


 デュラハンを倒した直後に【索敵】スキルで周囲を探知したが妙な気配は無かった。

 クロがまだ生きているとして、少なくともあの時【索敵】スキルの効果範囲にはいなかっただろう。


 ただ、警戒しておくに越したことはない。

 念の為、王都近辺の警護を増強するよう頼むと、シリング王は二つ返事で了解してくれた。


「それでね、リジル君。君に頼みたいことというのはこの黒い石に関わることなんだ」


 シリング王は後ろ手に組むと、始めの頃とは打って変わって神妙な面持ちで話し始める。


「実は、この黒い石がデュラハンの件とは別の場所でも見つかっていてね」

「別の場所、ですか?」

「ああ。正しくは押収した、と言うべきか。これは、君にとっても欲しかった情報だと思う」

「……?」


 シリング王は僕に向けてかすかに笑って続けた。


「リラ嬢から聞いたよ。リジル君はある奴隷商会の情報を求めたらしいね」

「あ……」


 僕はミダス商会の長であるリラに聞いていたことがあった。


 「ハダル商会」という奴隷商会を知らないか、と。

 元々、僕がシリング王に会って聞きたかったことでもある。


 その話を事前に聞いていたシリング王がここでその件を持ち出したということは……。


「君の見立ては正しいよ。私はその『ハダル商会』を知っている」


 後ろで、ルアが息を呑むのが分かった。

 それを見てシリング王は何かを察したように小さく目を細める。


 シリング王が王都の情勢を改革してきた中で、昔から続いていた奴隷制度の撤廃を実現したというのはあまりにも有名な話だ。

 だからこそ、僕は奴隷商会の情報を握っているであろうシリング王に会って、聞きたかった。


 かつてルアと関わりがあった、ハダル商会の情報を。


「ということは、シリング王が黒い石を押収したというのは……」

「察しが良いね。そう、そのハダル商会さ」

「そう、ですか」


「奴隷制度は撤廃することができたものの、まだ王都ではハダル商会のように裏で暗躍する組織も存在する。この黒い石を押収したのはハダル商会の構成員からなんだが、本丸には手が出せていなくてね」

「え、場所まで掴めているんですか?」


 シリング王がかすかに口角を上げて応じた。

 知っている、ということだ。


 ならば、僕としては何としても教えて欲しいところだが。


「ふむ。リジル君が求めていたハダル商会の情報もそれだったわけだ。……ひとつ聞きたいんだが、リジル君がハダル商会の情報を求めていたのは、なぜなんだい?」

「それは……」


 僕は一瞬、目だけをルアの方に向ける。

 整った顔立ちに銀髪の奥から覗くライトブルーの瞳が真っ直ぐに僕を見ていた。


 それで察したのか、シリング王は僕の近くまで寄ってくると、僕にだけ聞こえる声で耳打ちしてくる。


「なるほど。後ろの可愛いレディのためか。……彼女は、君の大切な人かい?」


 ぶつけられたその言葉に少しだけ逡巡したが、僕は小さな声で、それでもはっきりと答えた。


「はい。とても……、とても大切な人です」


「ふ、ふふ。マーベラス……! 実にマーベラスだ、リジル君!」


 何だか褒められてしまった。


「それなら、尚の事この件は君にお願いしたい」

「と、言いますと?」

「ハダル商会はそのクロという魔王軍幹部に繋がっていると見ていいだろう。リジル君なら腕も申し分ないだろうし、商会が潜んでいるアジトに行って調査をして欲しい。君も何かと知りたいことがあるようだし、ね」


 なるほど。

 要はハダル商会の本丸に乗り込んで情報を聞き出してこいということだ。


 僕は分かりましたと告げて、ふと気になったことをシリング王に聞いてみる。


「そういえば、この件を依頼するのは僕で良かったんですか? 勇者であるルギウスもいたのに……」

「ああ、それなんだけど、今後は私から勇者一族に依頼を出すことは無いと思う」

「え? そうなんですか?」

「私が、あんな人を見下してる人たちを好んでいると思うかい?」


 ……それもそうか。

 奴隷制度を撤廃するような王だ。


 権力に固執している父上や横暴な態度を取っているルギウスとは根本的に合わないだろう。


「何にせよ、今回の件は君にお願いしたい。詳細はリラ嬢にも伝えてあるから、彼女にも協力してもらうといい。期待してるよ、リジル君」


 そういって、シリング王は子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。

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