第28話 【SIDE:クラフト家】ルギウスの苦悩

「おい、この前の狩猟祭の話聞いたか?」

「ああ。あの剣姫リラ嬢でも苦戦したモンスターを一撃で倒した奴がいるらしいな。しかもそれが勇者一族を追放された少年だっていうじゃないか」

「俺、観に行ったけど凄かったぜ。そんなトラブルがあったのに圧倒的大差で優勝しちまったんだからな」


「……チッ」


 俺が王都の街中を歩いていると、そこかしこから先日の大狩猟祭の噂話が聞こえてくる。

 そのどれもがリジルを称賛するもので、嫌でも耳に入ってきた。


 以前は勇者一族なのに勇者の紋章を授かれなかった落ちこぼれがいるらしい、などとリジルを揶揄する声ばかりだったというのに。


 この変わりようは何だ?

 リジルに恥をかかせようと画策したことが、なぜこうも裏目に出る?


 そんなことを考えながら歩いていると、路地から飛び出してきた子供が俺の膝にぶつかった。


「あ、ご、ごめんなさい!」

「気をつけろガキ! この俺を誰たと思ってやが――」


 言いかけて俺は我に返る。

 周囲にいた王都の住民から冷ややかな目が向けられていた。


「おいおい、何だよあれ」

「あんな小さな子供を相手に凄むなんて、勇者のやることかよ」

「大狩猟祭で優勝したリジルって少年は謙虚な人柄だったって聞いたのに……。勇者一族はあんな奴を跡取りにしたのか?」


 いかん、落ち着け。

 何をリジルの野郎の評判なんかに当てられてムキになっているんだ。


 俺は勇者一族の名を継ぐ勇者なのだ。


 大狩猟祭の結果は、雑魚モンスターを多く狩るという条件がリジルに適していただけ。


 この俺の持つ勇者紋は、相手が強大な時こそ真価を発揮できるに違いない。

そうに決まっている。


でなければ世界で最強とされる勇者紋が、最弱とされている欠落紋などに遅れを取るものか。


 そうさ。

 勇者紋は最強。


 だからこそ、勇者紋に選ばれたというその事実だけで俺は最強なのだ。


 リジルがデュラハンを撃退したなどというが、剣姫リラがダメージを蓄積していたところでリジルが最後のとどめを刺しただけだろう。


 今は民衆が好きそうな英雄譚が面白おかしく囁かれているだけ。


 そう考えれば、何も慌てふためくことはない。


 俺は勇者だ。

 王からの依頼だって受けることができるのだから、そこで成果を上げていけばいずれ周囲の評判だって改善されるだろう。


 俺は気を取り直して、クラフト家の屋敷へと歩を進めた。


   ***


「リジルが、ブラックランクに任命された……!?」


 屋敷で俺を待っていたのは父上からの衝撃的なひと言だった。


「は、はは。そんな馬鹿な。父上も冗談がお好きですね……」

「冗談でこのようなことを言うと思うか?」

「ですがブラックランクと言えば、現代では誰一人認定されている者がいない冒険者の最上位ランクですよ!」


 信じられるわけがない。

 欠落紋を発現させた勇者一族の落ちこぼれだったリジルが……。


「事実だ。シリング王より実際に通達があったのだ」

「そんな……」


「それとな、ルギウスよ。お前は、シリング王からの依頼を受けられなくなった」

「な……! どういうことです?」

「正確には他に受ける者が現れた、というところか。今頃その人物は王と面会をしているはずだ。誰であるかは、言うまでもないな?」


 話の流れからして、リジルの野郎に決まっている。

 まさかシリング王までが安い英雄譚にほだされたというのか。


「それからルギウスよ。これはどうでもいいことかもしれないが、お前の屋敷での振る舞いが横暴にすぎるとして、長年仕えていた侍女が数人辞めていった」


 父上はこれみよがしに見せつけてきたのは、クラフト家の侍女として仕えた者が持つ腕輪だった。


「このままでは勇者一族として存続も危うい。そんなことになるくらいであればリジルをこの屋敷に呼び戻すしかないぞ」


 何を言っているのだ、父上は。

 こちらが手のひらを返したとして、あれだけ罵られ一族から追放された奴が「はいそうですか」と言って戻ると思っているのか?


 ああ、そうか。

 父上は自身が今まで武功で成り上がってきたからこそ、自分が向いた方に人が自ずと付いてくると思っているのだ。


 ならば、俺もより分かりやすい方法で俺とリジルの格の違いを見せつけてやる。


「父上、リジルと直接対決できる場を設けてください!」

「よいのか、ルギウス。リジルを打倒できなければ、お前への評価は地に落ちるぞ」

「何を言うのです、父上! 大狩猟祭での結果はたまたま奴に適した条件が幸いしてのもの。直接戦うことで雌雄を決するとなれば、勇者紋を持つこの俺が奴に負けることなどありません。必ず、必ず勝ちます!」

「……そうか。その言葉、忘れるなよ」


 絶対に負けられない。

 負ければ、父上の言うように俺への評価は地に落ちることになる。


 ……そうだ。

 負けられないのであれば、念には念を入れて絶対に勝つよう保険をかけておけばいい。


 見ていろ。

 今度こそ衆人環視の中、お前に恥をかかせてやるぞ、リジル。


 俺は一人心の中でほくそ笑んで、勝利に向けた計画を進めることにした。

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