第21話 魔石剣に込められた想い

「リジルさーん! 大変ッス!」


 ある日。

 ルアとナルが見守る中で剣の素振りをしていた僕の元に、ドゥーベが大声をあげながら走ってきた。


「ああ、ドゥーベさん。もうすっかり体の具合は良くなったみたいですね」

「はい! リジルさんのおかげッス。……って、それどころじゃない。大変なんッスよ!」


「どうした、つるっぱげ。内容言わなきゃ分かんないだろ」

「ナルは相変わらず口が悪いッスね。……とにかく、これを見てもらえば分かるッス」


 ドゥーベが差し出した紙を、そこにいた皆が覗き込む。


「何でしょう? やけに重厚な書状ですね。……え? リジル様、これ……」


 ルアが声をあげて、僕も気付く。

 書状の筆跡に見覚えがあったのだ。


 僕が勇者紋に選ばれなかったことを罵り、屋敷から追い出した弟、ルギウスの字だった。


 その書状には、王都で行われる大狩猟祭に参加するよう記されている。


「なぁに、これ。俺の方がお前より強いことを証明するとか、幸運に恵まれるのもここまでだとか、喧嘩売ってるのコイツ?」


 ナルが尻尾をバタバタと動かしながら怒っていた。

 あの方も横暴なところが全く変わってないようですね、とルアも心なしか憤っているように感じる。


「二人が怒るのももっともだと思うッス。俺もリジルさんを馬鹿にされてるようでムカついたッスから。でも、勇者一族が自分から追放した相手を招くなんて、王都の奴らの耳にもリジルさんの活躍が伝わってるってことッスよ。これは凄いことだと思うッス」


「確かに。文面からしてもリジル様のことを無視できなくなったという感じがしますね」

「おー、いいじゃん! それなら参加して優勝しちゃおうよ、リジル」


 そんなやり取りをしていると、アンバスが僕たちを見つけて歩いてくるのが見えた。


「何だお前ら? そんな所で集まって。何か面白いもんでも見つけたか?」

「あ、アンバスさん。実はこんなものが届きまして」


 僕はルギウスから届いた書状をアンバスに手渡す。

 内容を一読すると、アンバスは顔を上げてニヤニヤとした笑みを僕に向けてきた。


 あ、これは絶対面白がってるな……。


「3日後か。いいじゃねえか、ちょっと行って優勝してきちまえよ」

「アンバスさんまでナルみたいなことを……。大狩猟祭といえばゴールドランク以上の冒険者が集まる大会ですよ。そんな簡単に……」

「いや、余裕だろ。お前なら」


「アンバスさん、まさかこれを見越して僕をゴールドランクに推薦したんですか?」

「さてな」


 アンバスは悪戯っぽい表情を浮かべている。

 少女のような顔立ちをしているアンバスがそういう表情をすると余計に幼く見えるのだが、この人はどこまで考えているんだろうか。


「でも、大狩猟祭には勇者紋を持っているルギウスも出るんですよ?」

「勇者紋ねえ。オレは勇者の紋章ってやつにどうも懐疑的でね」


 何かアンバスには思うところがあるのだろうか。

 勇者紋と言えば最高位の紋章とされているのに。


 そういえばアンバスは以前、欠落紋が最強の剣士に現れる紋章だと言っていた。

 勇者紋はそうではないというのか?


「確かに強い紋章だとは思う。ただな、初代勇者も仲間を組んでたんだ。タイマンでの戦闘で強い紋章かって言われると、どうだろうねぇ」

「そうなんですか?」

「ああ。勇者紋ってのは幅広いスキルを覚えるが、その分器用貧乏とも言える。1つの能力に尖った奴には勝ちにくいのさ。そう、例えばリジル。お前のように、な」


 アンバスは言って、またもニヤリとした笑みを浮かべる。


「ま、何にせよ頑張れ。オレは王都には行かねえが、応援してっからよ」

「はい。ありがとうございます」


「俺は応援に行くッスよ! 前回は呪いの後遺症で付いて行けなかったから、今回はリジルさんの活躍をこの目に焼き付けるッス!」

「ナルも行くよ―!」

「もちろん私も」


 みんなが口々に激励の言葉を投げてくれた。

 そこまで応援してもらうからには頑張らなくては。


 それに、大狩猟祭で優勝すれば王に謁見できると聞く。

 それは僕が大狩猟祭の参加を決めるに十分なことだった。


「あ、そうだリジル。お前から預かってたあの黒い石、オレが使っていいか?」

「黒い石ですか? アンバスさんが必要であれば差し上げますよ」


 アンバスによれば、魔王軍幹部のクロが悪用していた黒い石は特別な力を持っているという。


 術式に長けたアンバスのことだ。

 僕には分からなかったが、何か使い道を思いついたのかもしれない。


「そうか。なら楽しみにしてな」

「……?」


 よく分からないことを言ってアンバスはまた悪戯な笑みを浮かべているのだった。


   ***


 そして、大狩猟祭を翌日に控えた日、僕とルア、ナル、ドゥーベの4人は王都に向かうことになった。


「リジルさん、頑張ってください!」

「お気をつけて! リジルさんなら優勝ですよ!」


 入口のところで村長のブライさんやアオイさん始め、村の人たちから心温かい声援をもらう。


 獣人の里に向かう時もみんなが見送りをしてくれたが、今回は完全に僕個人のことだ。

 本当にありがたいことだった。


「おーい! 待て待て!」


 見ると、アンバスが慌てた様子でこちらに走ってくる。


「ふぅ、間に合って良かったぜ。リジル、こいつを持っていきな」


 そう言ってアンバスが僕に手渡したのは、一振りの剣だった。


「まさかアンバスさん、黒い石を?」

「ああ。オレの錬成術式でも思いのほか時間がかかっちまってな。だが、そのおかげで最高の名剣ができたぜ」


 ――魔石剣エルブリンガー。


 アンバスが名付けたその剣を手に取ると、吸い付くように馴染んだ。

 鞘から抜き放つと研ぎ澄まされた漆黒の刀身が現れ、洗練された凄味を感じる。


「なにそれ凄い! カッコいい!」


 ナルが思わずといった様子で驚きの声をあげている。


 こんな凄い剣を手にしたのは僕自身も初めてだ。


「あ、ありがとうございます。アンバスさん」

「なぁに、いいってことよ。それに、間に合ったのは村の連中が手伝ってくれたおかげだ。奴らなりに少しでも恩返しがしたかったんだと。だから礼なら奴らに言いな」


「そうだったんですか……」


 僕は胸の熱くなる想いで、ファーリス村の人たちに頭を下げる。


「だから、優勝してこいよリジル」

「はい!」


 今度はアンバスの言葉に力強く答える。


 ――これは、負けられないな。


 僕はそう心に誓って、大狩猟祭に参加するべく王都へと出発した。

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