第19話 決戦、魔王軍幹部

「やはりお前か、クロ……」

「んっふっふー。いつぞやはお世話になりましたぁ」


 アンバスが驚きの表情を浮かべて黒いフードを被った男を見ていた。

 言動から飄々とした印象を感じさせ、どこか道化師を思わせる風でもある。


「アンバスさん、あの男を知っているんですか?」

「……アイツは元魔王軍の幹部でクロって男だ。かつて勇者と一緒に戦った時に一度は倒したんだが……」


 アンバスの言葉を受けて、僕は改めてローブに身を包んだ男、クロを見た。


 元魔王軍の幹部……。


 だとすれば、かつて魔王とともにこの世界を滅ぼそうとした人物ということになる。

 いや、クロの放っている禍々しい邪気のことを考えれば人ではないのだろう。

 その雰囲気はモンスターのものと似ていた。


「それで? 元魔王軍のお偉いさんがこんな小さな村に何の用だ?」

「あれれぇ? あんまり驚かないんですねぇ?」

「いやなに。有望な若者が見つけた黒い石に、お前の使っていた術式の痕跡があったんでな」


 言って、アンバスは僕が預けていた黒い石を取り出す。

 アンバスの言葉からすると、黒い石を使っていたのはこのクロだということだ。


「ふふふ。ということはワタシがこの村に来た理由ももう分かっているんでしょう? イジワルなお人だ」

「ああ。今日、村の井戸で黒い石を見つけた。呪いを仕組んだのはお前だろう、クロ」

「そのとおぅり。ですから、死体を回収しに来たんですよ」


 クロは両手を大げさに広げ、怪しくケタケタと笑っている。


 死体? 何のことを言っているんだ?


「いやぁ、我らが魔王様を復活させるためには器の選定が必要でして。まずは小さな村からと、考えたわけなんですよぉ。いやぁ、ワタシってば頑張り屋さんですねぇ」

「魔王を復活、だと?」


 アンバスがクロの言葉に反応して問いかけると、クロは高笑いを止めてこちらを向く。


「おっと、いけないいけない。ワタシとしたことが、興奮しておしゃべりが過ぎたようです。……それにしても、村の人間の弔い合戦というわけですか。泣かせますねぇ」

「弔い合戦? 何のことだ? ファーリス村の人たちは無事だぞ」


 僕は意味不明なことを言っているクロに対して投げかける。

 そこで初めて、クロは焦ったような表情を浮かべた。


「な、何? どういうことです?」

「おい、三流魔術師。リジルの言うように、村の奴らは生きてるぞ」


「なん、ですって……」

「大方、村の奴らを生贄にして器とやらにするつもりだったんだろうが、アテが外れたな」


 アンバスの言葉を受けて、クロは信じられないことを聞いたというように震えている。


「ば、馬鹿な。ワタシの呪術は完璧のはず。それが、なぜ……」

「生憎だったな。お前のかけた呪いの術式はコイツが解呪したんだよ」


「解呪した? ワタシの完璧な呪術を解呪するなど、高位のヒーラーでもできないはずなのに。小僧、お前は一体……」


 クロはそこで僕の右手に浮かぶ紋章に視線を向ける。

 欠けた紋章、欠落紋の浮かぶ右手だ。


「そうか……、そういうことか。あの欠落紋の持ち主が現れたのか……! ならば話はもう終わりだ。魔王様のため、今ここでお前を始末するのみ!」


 クロが両手を広げて力を集中させると、辺り一帯に邪悪なオーラのようなものが満ちていく。


「リジル様! どうしたのですか!?」

「ルア、この男は敵だ! 武器を渡したら下がっていてくれ!」

「は、はい!」


 僕はルアからショートソードを受け取ると、邪気を放つクロに向けて構えを取る。


「気をつけろリジル。奴は高位のネクロマンサーだ。普通のモンスターとは違い、邪道な禁呪も平気で使ってくる輩だ」

「分かりました」


 そして、クロが広げていた両手を地面に突き刺すと、辺り一帯からグールの群れが現れる。


 ――何て数だ……!

 その数はゆうに100を超えていた。


「リジル! グールどもはオレがなんとかする! お前は親玉を叩け!」

「はい!」


 僕は大量の泥人形を召喚してグールと応戦するアンバスを尻目に、敵の親玉、クロに向かって一直線に疾駆する。


 あれだけのモンスターを生み出す相手に長期戦は不利だ。

 一気にケリを付ける!


「くっ、疾い! グールどもよ、盾となれ!」


 クロは自身の目の前に大量のグールを召喚し、距離を取ろうとする。


 ――それなら……!

「【スキルブレイク】!!」

「なぁっ……!」


 アンバスの泥人形の時と同じ原理だ。

 モンスターであろうと、術式で召喚されたものなら【スキルブレイク】で一掃できる。


「く、くそっ! これならどうです!」


 クロが地面に手をかざすと、今度は地面の土が壁になりクロの周りを囲った。


 それも対処できる。

 今度は【物質破壊】のスキルを使って土の防御壁を突破する。


 そして、その勢いのまま僕はクロに剣の切っ先を突きつけた。


「諦めろ。グールたちの召喚術式を解除して降参するんだ」


 クロは観念したかのように、肩を小刻みに震わせている。


「く、くく。やはり保険はかけておくものですねぇ……!」

「何?」


 ――キャァアア!


 僕は後ろで聞こえた悲鳴に、思わず振り返る。


 さっきまではいなかったはずのグールがそこに現れ、ルアを拘束していた。


「ククク。形勢逆転ですねぇ。おっと、おかしな真似をすれば小娘の命はありませんよぉ」

「くっ……」


 そこで僕はルアの後ろにあるものを見る。


「さぁて、どうしてやりましょうかねぇ?」

「リジル様、私のことは構わずに敵を!」


 ルアが叫ぶが、今そんなことをできるはずがない。

 僕は剣を地面に突き刺すと、両手を頭の後ろで組む。


 まだだ。

 まだ動くな。


「それじゃあ、まずは調子に乗った小僧、お前からだぁ!」


クロは鋭く尖った爪を一点に集中させ、僕に駆け寄ってくる。


 その時だった。


 ――グゴァアアア!


 ルアを拘束していたグールが、フェンリル化したナルの一撃を背後から受けて吹き飛ぶ。


「間に合ったぁ!」

「な、何!?」


 ――今だっ!


 僕は地面に刺していた剣を取り、驚愕の表情を浮かべているクロに対して瞬速の突きを入れる。


「ソードバッシュ!!」

「ぐ、ぐごげぇえええ――!」


 発動させた【命中率上昇】のスキルによりクリティカル攻撃となった一撃は、クロの体を貫く。


「こ、こんなはずではぁ……」


 クロは地面に突っ伏したかと思うと、液体のように溶けて消滅してしまった。


 辺りのグールも消滅していて、無事クロの襲撃を退けられたようだ。


「リジルさーん! 何事ッスかぁ!?」


 遠くからドゥーベやファーリス村の人たちが駆けてくる。


 その後、泣きじゃくりながら僕に抱きついてきたルアをなだめ、ファーリス村の人たちに事情を説明したところ、またも村の英雄と崇められることになり、更にはナルも加わってもみくちゃにされるという事態になった。


 そうしてみんなが歓喜に酔いしれる中、何やら真剣な表情を浮かべているアンバスが横目に映り、僕はそれがひどく気になった――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る