第18話 温泉で感謝を告げて、その後
「……ふぅ」
僕は村のファーリス村の人たちが入った後で、ヒールストーンの鉱石を溶かした温泉に入っている。
【物質破壊】のスキルで岩盤を砕いていくと、アンバスの見立て通り泉脈を掘り当てることができた。
アンバスがヒールストーンを術式で溶かした温泉に浸かると、村の人たちの後遺症は無事治療できたようだ。
王都のクラフト家から追い出されて数日、色んなことがあったが、たまにはゆっくりと落ち着くのも悪くはないだろう。
そんなことを考えていた時だった。
「あ……」
「え……?」
振り返ると、そこにはタオルだけを身にまとったルアがいた。
「ル、ルア!? 何で?」
「リジル様!? あ、あれ?」
小柄なルアが恥じらいの表情を浮かべて、挙動不審になりながらこちらを見ている。
やめてくれ。その姿でその表情は反則的すぎる――。
ルアが普段着ている使用人服よりも肌色の面積が多くて頭がクラクラした。
何より、タオルから胸の谷間が覗いて……。
ってヤバい。これじゃあ変態じゃないか!
「ご、ごめん!」
何がごめん、なのか自分でもよく分からなかったが、とにかく僕はルアに背を向ける。
何でルアが入ってくるのかとか、さっきアンバスに僕が入る旨は伝えたはずだとか、アンバスは任せろと言っていたはずだとか、色んなことがぐるぐると頭の中を駆けずり回っていた。
そうしてぐちゃぐちゃになった思考で、僕が次に発した言葉は、
「そ、そのままじゃ冷えるだろ。入ったら?」
だった。
――っ、一体何を言ってるんだ、僕は!?
「そ、それでは失礼します」
ルアはそう言って、何故か僕の近くに進んでくる。
後ろでルアがゆっくりと湯に足を踏み入れるのが分かった。
そうして、僕はルアと背中合わせで温泉に浸かる。
なぜこんな事になっているのか?
よく分からなかった。
ただ一つはっきりしているのは、尋常じゃないほどの速さで心臓が脈打っていて、自分でも分かるくらいに顔が火照っていること。
自分の心臓の音ってこんな大きく聴こえるものなのか?
そんなどうでもいいことを考えてしまう。
「……」
「……」
訪れる沈黙。
気まずくなって僕はルアに声をかけようとするが、
「あのさ、ルア――」
「あ、あの――」
二人同時に言葉を発してしまう。
その後二人で譲り合った結果、僕が言葉を続けることになった。
「あのさ、ルア……。ありがとう」
「え? 急にどうしたんです?」
「いや、今回の件もそうなんだけど、僕はまだルアにきちんとお礼を言ってなかったな、って思ってさ」
「お礼、ですか?」
僕は言葉を続ける。
「正直、父上にクラフト家を追い出された時、心が折れかかってたんだ。紋章のことも自分では信じていたつもりだったけど、それでも、今までの人生を否定された気がして……さ」
「リジル様……」
「それから、アンバスさんに会って僕の紋章のことが分かって、その力で色んな人たちの助けになれて。でもあの時、ルアが付いてきてくれたから、僕は何とか踏み留まれたんだと思う。だから……、ありがとう」
僕は正直な想いを口にした。
ファーリス村でも、獣人の里でも、皆が僕のことを称賛してくれたが、その僕が一番苦しいときに支えてくれたのはルアだった。
それだけは伝えておきたかったのだ。
少しの沈黙の後で、今度はルアが話し始めた。
「リジル様……。私、お屋敷にいた頃からずっと不思議だったんです。どうしてリジル様はそこまで誰かの助けになろうとするんだろう、って」
ルアが少しだけ僕の背に寄りかかりながら、言葉を繋げる。
「でも、リジル様とこうして旅をして、色んなことがあって、やっと分かってきた気がします。きっと、リジル様にとって誰かのためになろうとするのは、何か特別な理由があるわけじゃなく、ごく当たり前のことなんだろうな、って」
「……」
「そんな人が私の仕える人で良かったなって、思います。……いいえ、だからこそ、私は生涯リジル様にお仕えしようと思ったのです。だから――」
ルアの手が、すっと僕の手の上に乗る。
「改めて、これからもよろしくお願いします。リジル様」
***
「よぉ、楽しかったか?」
温泉から上がった出口でアンバスがニヤニヤとほくそ笑んでいるのを見て、僕は全てを察した。
僕が先に入っていることを知っていたにも関わらず、この人はルアにそれを告げなかったのだろう。
むしろ、温泉に入るようルアに促した可能性まである。
まったく、なんて人だ。
「そういえばお前の冒険者ランクな、あれ昇級の推薦しておいたぞ」
「え?」
「明日、受付嬢のアオイから説明があるはずだ。明日からお前はゴールドランクの冒険者だ」
ちょっと待て、いきなりゴールドランクだって?
過去にランクを飛ばして昇級した冒険者はいなかったはずだ。
僕の困惑している様子が面白かったのか、アンバスは笑いながら言った。
「いや、本来お前のしてきたことと実力を考えたらゴールドランクの上、プラチナランクでもおかしくねえんだぞ。まあ何にせよ、これもお前の行動の成果だよ。ありがたく受け入れやがれ」
「あ、ありがとうございます。アンバスさん……」
アンバスはそんなお礼などいらないという風に手を振っている。
皆の助けもあってできてきたことなのだから、昇級と言われてもすぐには実感ができないが。
「そういえばアンバスさん。黒い石のことなんですが、何か分かりましたか?」
僕は気になっていたことをアンバスに尋ねる。
ジャイアントオークやナルに影響を与えていた黒い石。
アンバスに頼んで調べてもらっていたが、何か分かったことはあっただろうか。
「ああ、そのことなんだが――」
言いかけて、アンバスが急に構えを取る。
僕も嫌な気配を感じてアンバスと同じ方を向いて臨戦態勢に入った。
――何だ? この気配は。
そうして二人で目を向けた方から、黒いローブを着た男が現れたのだ。
「おやぁ? 村がどうなっているかと思い見に来てみれば、あの時の賢者アンバスじゃないですかぁ」
現れた男はアンバスに向けて、唐突に言い放ったのだった。
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