第17話 【SIDE:クラフト家】変わり始めた評価
「父上、何を見てるんです?」
俺は執務室にいる父上に声をかける。
父上は何やら険しい顔をしながら書類に目を通していた。
「何か面白いものでも見つけましたか? あ、もしかして兄上がどこかで野垂れ死んだとかですか?」
リジルの情報はあれから王都に入ってきていない。
欠落紋に選ばれた一族の落ちこぼれが、どれだけ惨めに過ごしているかは少しだけ気になっていた。
「ルギウスよ。これを読んでみろ」
父上は眉間にしわを寄せた表情のままで、俺に羊皮紙のリストを手渡してくる。
何だ?
冒険者の昇級リスト?
「父上、これが何か? 昇級したとはいえ、所詮、勇者紋に選ばれない雑魚どものリストでしょう?」
こんなものを見て何になるというのか。
勇者紋を発現させ、先日ついに勇者の称号を得た俺にとっては、冒険者の情報など心底どうでもいい。
だというのに、父上は鋭い眼光で「読め」と言ってきた。
「そのリストの6枚目を見てみろ」
「6枚目?」
俺は父上に促され、面倒臭く感じながらもリストを捲っていく。
そして、6枚目。
そこには驚愕の情報が記されていた。
「リジル・クラフト……。父上、これは!?」
いやいや、そんな馬鹿な。
兄上は屋敷にいる時は冒険者の登録すらしていなかったんだ。
つまり、数日前に王都を出ていってから冒険者登録したことになる。
そのわずか数日で冒険者ランク昇級したと言うのか?
そんな短期間での昇級事例など、聞いたことがない。
俺は父上に続きを読むよう促され、更に記された内容を追っていく。
――リジル・クラフト。伝説級のモンスターフェンリルの沈静化、並びにファーリス村で蔓延していた厄災を解決。以上の功績により、この者がブロンズランクからゴールドランクに昇級することを認める――
「馬鹿な……! たった数日で昇級したばかりか、シルバーランクを飛ばして一気にゴールドランクへの昇級!? そんなこと過去に例がありませんよ、父上!」
しかも、伝説級のモンスターであるフェンリルに打ち勝っただと?
先日、父上とともに冗談交じりで話していた内容じゃないか。
――フェンリルが攻めてきたのならお手上げだよ。例えルギウス、お前でもな。
そう。そんな話をしていたのだ。
なのに、それをリジルが、あの欠落紋の落ちこぼれ野郎がやってのけたっていうのか?
信じられない。
信じられるはずがなかった。
「どうせ、あのお人好しの性格だ。田舎村の奴らをたぶらかして情報をでっち上げたに決まってますよ」
「ルギウス。最後まで読むのだ……」
俺は父上に促され、再びリストに目を落とす。
そこに書かれていたのは……、
「……なん……だと……」
――昇級推薦人、アンバス・コール。
馬鹿な……。馬鹿な。馬鹿な!?
アンバス・コールだと?
初代勇者と共に魔王と戦った伝説の賢者じゃないか!
そんな人物がリジルの推薦人?
それではまるで、そこに記されている功績も事実だと言っているようなものじゃないか。
「そんな……、何かの間違いですよ!」
徐々に論理的では無くなってきている自分の思考に、思わず歯ぎしりする。
「ルギウスよ。そこに記されている内容が真実かどうかは問題ではない。これを目にする人間がいるということが問題なのだ。このリストは王都に住む貴族たちに配布されるのだぞ」
父上の言わんとしていることは、この情報が流布されたことにより、勇者一族として名を馳せているクラフト家に懐疑の目が向くことになる、ということだろう。
かの伝説の賢者、アンバス・コールによってお墨付きの情報ともなれば尚更だ。
ブロンズランクから一気にゴールドランクへと昇格した冒険者がいるとなれば、それを重用しようとする貴族が出てきたとしてもおかしくはない。
「無論、欠落紋は勇者紋と比べれば圧倒的に劣る紋章であるのは間違いない。その欠落紋を持つリジルがフェンリルを沈静化したというのも、恐らく幸運が重なっての出来事か、間違いであるかのどちらかだろう」
「え、ええ。それは自分もそう思います」
「だがなルギウス。我々はリジルを勇者一族から追放しているのだ。無いとは思うが、もし今後もリジルが活躍し、周囲に広まることになれば、我々の判断が疑問視されることにもなろう」
「……」
勇者一族の恥になることを一番に嫌う父上のことだ。
今も表面上は冷静なように努めているが、実際は、はらわたが煮えくり返る思いだろう。
ましてやそれが自身の手で半ば勘当を言い渡した者によるものとなれば、尚の事と言える。
「ルギウス。リジルがいるのはファーリス村だろう。不本意かつ屈辱ではあるが、ファーリス村の動向に注視せよ」
「……」
「よいな?」
「は、はい。承知しました……」
父上は苛立ちの混じった目を俺に向けてくる。
何だ。
何だというのだ。
なぜ俺が……、最高位の紋章である勇者紋を発現した俺が、一族を追放された出来損ないに振り回されなければならない。
もしや、リジルの発現させた欠落紋は外れではなかったとでもいうのか?
そんなはずは無い。
そんな、はずは……。
「それからルギウス。来たる大狩猟祭では必ず優勝せよ。良いか、必ずだ」
「はい……」
俺は勇者紋の浮かぶ右手をきつく握り、父上の部屋を後にした。
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