第5話 フェンリルの少女ナルとファーリス村の英雄
フェンリルを討伐したと思ったら、そこには獣耳を生やした少女がいた。
状況は分かるが、思考が追いついてくれない。
「あ、あの。君は?」
丁重に声をかけたところ、少女の首がぐるりと回り、こちらを向く。
髪は白く月明かりに映え、瞳の色は濃い赤だ。
少女はこちらを品定めするように目をぱちくりとさせながら、獣耳をピクピクと動かしている。
そして、
「だぁあああ! ありがどぉおおお!」
いきなり抱きついてきた。
「キミのおかげ! キミのおかげで戻れだぁああ!」
「いや、ちょっ……。と、とにかく落ち着いて。というか一旦離れてくれ!」
聞きたいことはあるが、少女にはその前にして欲しいことがある。
「リジル様?」
「どうしたッスか、リジルさん?」
駆け寄ってきたルアとドゥーベが、僕と少女を見て固まった。
それはそうだろう。
少女は何も身に着けていない状態で僕に抱きついていたのだから。
***
「――というわけで、ナルはニンゲンの姿に戻ることができたのでした。ちゃんちゃん」
「いや、ちゃんちゃんじゃないッス……」
「えっ……と。それじゃあナルちゃんがあのフェンリルだったってことですか?」
「そういうことー」
少女、改めナルは一通りの経緯を話すと、耳の辺りをくしくしと掻いている。
とりあえず着せた外套からは尻尾が可愛らしくはみ出ていて、先程のフェンリルとは印象が大きくかけ離れていた。
話によると、ナルは元々フェンリルに変身できる能力を持っていたらしい。
しかしそれがある時から解除できなくなって困っていた、と。
「たぶん原因はこの石かなー。リジルが砕いてくれたおかげだと思う」
「……」
ナルが手にしているそれには、見覚えがあった。
ジャイアントオークの魔石にくっついていたのと同じ、黒い石だ。
「でも、何でナルは村を襲おうとしたッスか」
「別に襲おうとしたわけじゃないよ! ただ、お腹がすいてたから畑のお野菜をちょっとばかしもらってただけで……」
なるほど。
ファーリス村の周りで大型モンスターの足跡が見つかっていたのはそういうわけか。
「でも、村の人にはちゃんと謝るんだぞ。不安にさせたのは確かなんだし」
「う、うん……」
「それと、フェンリルの時には口調が変わってなかったか? 愚かな、とか人間風情が、とか。凄く凶悪っぽかったぞ」
「あ、あれはその……。昔、本で読んだ言葉を使いたかっただけっていうか。もちろん、リジルともじゃれ合おうとしただけで……、つい本気にはなっちゃってたけど……」
ナルは獣耳と尻尾を垂らして、ごにょごにょと口ごもる。
よく分からないが、とりあえず悪意は無かったようだし触れないでおこう。
「と、とにかく! ナルはリジルにすっごく感謝してる! ずっとフェンリルになって戻れないんじゃって思ってたから。だからその、ありがと……」
ナルは僕の袖をぎゅっと掴んできた。
何やら懐かれてしまったらしい。
ナルがどこで黒い石を手に入れたとか、そもそもどうしてフェンリルに変身できるのかとか、謎はまだあったが、まだ小さい子だ。
質問攻めばかりでは可哀想だろう。
「まあ、何はともあれッス。村の人達も心配しているでしょうし、一旦戻りましょう」
ドゥーベの言う通り、村の人達を安心させてあげたい。
そう考えて、僕たちはファーリス村の広場へと戻ることにした。
***
「おお! 戻ってきたぞ!」
「皆さん、無事ですか!?」
僕たちが広場に戻ると、村の人達が出迎えてくれた。
「みんな、安心してくれッス! フェンリルはリジルさんがやっつけったッス!」
「何と!」
「あの伝説級のモンスターを倒しただと!」
「確か今日冒険者登録してた人だろ? 何者なんだ?」
ドゥーベの声で村の人達にザワザワと波紋が広がっていく。
「リジルさんですな? ファーリス村の村長を務めております、ブライと申します。この度は本当にありがとうございました」
「いえ、村の人に危害が無くて良かったです」
「おや? その紋章は……」
ブライさんは僕の右手を見て目を細めた。
「あの、何か?」
「いえ、失礼。……とにかく、此度の件、本当に助かりました。王都にも救援を要請していたのですが、全く相手にされず困っていたところだったのです。本当に、何と感謝申し上げて良いか……」
「そんな。僕はできることをしただけで」
「おお、何と殊勝な。聞けば、本日冒険者の登録されたばかりだとか……。それなのにフェンリルを倒されてしまうとは。いやはや、とんでもない強さですな」
「その、ブライさん。フェンリルの件なんですが、お伝えしておかないといけないことがありまして……。ほらナル。ちゃんと謝るんだ」
尻尾を不安げに揺らしながら、ナルが横に来る。
「あの……。畑のお野菜、美味しかったです。……じゃなくて、リジルに言われて反省、してます。ほんとにごめんなさい!」
「ええと? リジルさん、これはどういう?」
「実は――」
僕はフェンリルがナルであったこと、空腹のため畑の作物に手を出していたが、悪意や敵意は無かったことなど、事の経緯をブライ村長に説明する。
「なんと、そうでしたか! フェンリルを倒しただけでなく、従わせてしまうとは……」
「いや、その……」
そういうことになるのか?
「凄ぇ! 英雄の再来だ!」
「そうッス! 王都の奴らは相手にもしてくれなかったのに! リジルさんはファーリス村の英雄ッス!」
「ファーリス村の英雄、ばんざーい!」
「「「ばんざーい!」」」
村の人達がこちらに向けて大声で叫んでいる。
ドゥーベもそれに混じって騒いでいた。
いや、どう応じたらいいんだ、これ。
「良かったですね、リジル様」
「は、はは。良かった、のかな」
ルアが隣でにこやかに微笑んでいて、ナルが腕に絡んでくる。
どうしていいやら、僕は乾いた笑いを返すことしかできなかった。
そして先程の戦闘のせいか、僕の右手に刻まれたスキルにまたもや変化があった。
元々は【命中率上昇(範囲小)】だったスキルの効果範囲が上昇していたのだ。
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・命中率上昇(範囲中)
・スキルブレイク
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