第4話 伝説級モンスターの討伐、そして……

「ほんっっっとうに申し訳なかったッス!」


 山盛りにご馳走がつまれた向こう、ドゥーベはテーブルに打ち付ける勢いでスキンヘッドの頭を下げている。


「いやまあ、ドゥーベさんもお酒に酔ってたみたいですし」


 大変な失礼をしたからお詫びさせて欲しいというドゥーベからの謝罪があり、今はアオイさんの酒場でテーブルを囲んでいた。

 他にも村の人が何人かいて、なかなかに賑わっている。


「ルアさんにも、申し訳ないことをしたッス。この通りッス」

「ああ、私は別に。でも、お酒は控えましょうね。またリジル様を罵ったりしたら……」

「も、もちろんッス。もうしないッス」


 表情こそ微笑んでいるものの、銀髪の奥から除くライトブルーの瞳は笑っていなかった。

 ルアの圧を感じてか、ドゥーベはタジタジだ。


「それにしても驚いたッス。俺の【武具錬成】で生み出した装備を消し去っちまうなんて、そんなスキル聞いたことないッスよ」


 【スキルブレイク】はその名の通り、対象のスキルを打ち消す効果を持つらしい。

 ルアに絡まれたこともあって咄嗟に使ってしまったが、紋章やスキル自体を封印してしまうようなものでなくてよかった。


「リジルさんほどの実力なのにブロンズランクなんて、絶対に見合ってない気がするッス」

 ドゥーベは僕がはめているブロンズ色の腕輪を指差して言った。


「はは、アオイさんにもそれ言われました。でも始めはブロンズからスタートするのが決まりだからって頭下げられて。だから仕方ないですよ」


 冒険者のランクはブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ブラックの順にランク付けされ、 依頼の達成や評価に応じてランクが上がっていく仕組みだ。


 シルバーランクに位置するだけでも上級の冒険者とされているので、ドゥーベの実力はやはり相当なものだったのだろう。


「あの……、あんなことしておいて何なんですが、リジルさんに折り入って頼みがあるッス」

「僕にできることでしょうか?」


「むしろリジルさんじゃないと難しいかもしれないッス。……実は今、この村はモンスターに襲われるかもしれないって問題を抱えてるんッス」

「モンスター?」

「はい。王都の貴族連中にも救援を出すよう頼んでるんですが、奴ら全く取り合ってくれない。奴らこんなちっぽけな村のことなんてどうでもいいと考えているみたいで……」


「ドゥーベさん、その救援を送った貴族の中には、その……」

「お察しの通り、勇者の一族、クラフト家にも救援依頼を出してるッス」


 そういうことか。


 ドゥーベが僕を憎むような言葉を吐いていたのは、村の窮地に見向きもしない貴族の子だからということがあったのだろう。


「モンスターに襲われるかもしれないと仰いましたが、どういうことなんでしょう?」

「ああ、それはッスね――」


 ルアの問いかけにドゥーベが答えようとした時、突然男の人が酒場に駆け込んできた。


「大変だ! みんな逃げろ!」


「そんなに慌ててどうしたッスか?」

 鬼気迫る感じで息を切らした男の人に、ドゥーベが駆け寄る。


「フェンリルだ……、あの足跡、フェンリルだったんだ!」

「まじッスか!?」


 男の人の言葉に、そこにいた全員が息を飲む。


 フェンリルだなんて、僕も書物の中でしか見たことない。

 人里から離れた雪山にしか存在しない伝説級のモンスターのはずだ。


「あの、ドゥーベさん。一体何が?」

「数日前からこの村の周りで大型モンスターの足跡が見つかったんッス。最初は畑の作物が荒らされてるだけだったんッスけど、だんだん村の近くでも足跡が発見されるようになって……、って今はそんなこと話してる場合じゃないッス! みんな逃げるッス!」


 ドゥーベのその声が合図となって、そこにいた人たちは一斉に酒場の外へと駆け出した。

「リジルさんたちも早く逃げ……、って剣なんか持って何する気ッスか!?」


「僕がみんなの逃げる時間を稼ぎます! ドゥーベさんとルアはみんなの避難を!」

「話聞いてたッスか!? フェンリルッスよ! プラチナランクの冒険者でも歯が立たないって言われてるのに、いくらリジルさんでも無茶ッス!」


 僕はドゥーベの制止する声を振り払って、ショートソードを手に酒場から駆け出す。

「リジル様!」


 ここにはルアもいるんだ。

 フェンリルだろうが何だろうが、絶対に食い止める。


 村から出てすぐのところで、僕は悠々と歩を進めてくる脅威と相まみえた。


 白い毛色に赤い瞳。


 月明かりを受けて、魅入ってしまいそうな壮大さだった。

 ジャイアントオークの時よりも威圧感があり、まさに書物に出てきたフェンリルそのものに見える。


「止まれ! これ以上村には近づけさせないぞ!」

「愚かな。人間風情が我に敵うと思うなよ」

「っ――!」


 コイツ、人の言葉が話せるのか。


「まあよい。いくぞ、人の子よ」

 フェンリルはそう言い放つと、こちらに狙いを定めるかのように前足で地面を掻いている。

 直後、凄まじいスピードでこちらに突進してきた。


 咄嗟に横へと体を投げ出して何とかその攻撃を躱したが、フェンリルはすぐに体勢を立て直している。

「ほう、よく今のを躱したな。ではこれはどうだ?」


 フェンリルは振り返りざまに巨大な前足を払ってきた。

「くっ!」


 二度三度と横薙ぎの攻撃が繰り返されるが、僕はバックステップで回避しながら距離を取る。

 直接触れてはいないのに、風圧だけで皮膚が避けそうな鋭さだった。

 

「なかなかやるな。……むっ」


「リジル様!」

「ちょっとルアさん、危ないッスよ!」


 村の入口のところにルア、そして追いかけるようにしてドゥーベがやって来る。


「村の人は避難できました! リジル様も!」


 良かった。

 何とか時間稼ぎはできたらしい。


「せっかくじゃれ合っているのに邪魔するとは……」


 マズい。

 フェンリルがルアの方に向き直った。


「させるかっ!」

 僕は【命中率上昇】のスキルを発動し、勢い任せに剣を突き出す。


「ソードバッシュ!」


「くっ、小癪な」


 フェンリルは素早く剣撃から逃れようとするが、僕の剣はその動きを追尾し、フェンリルの胸部に深々と突き刺さった。


「グァアアア!」


 ジャイアントオークの時とはまた違う、何かを砕く感覚があった。

 フェンリルは苦しげにのたうち回り、その中心から激しい光を放つ。


 ――やったか!?


 僕は発光の中心を振り返ったが、そこからはフェンリルの巨体が消え去っていた。


「リジル様、ご無事ですか!?」

「うおおおお! リジルさん凄すぎるッス! まさかフェンリルを一撃で倒しちまうなんて!」


 ルアとドゥーベが歓喜の声をあげながら駆け寄ってくる。

 僕は手を挙げて二人に応じようとして……、フェンリルが消滅した場所に何か気配を感じた。


 ――何だ?


 僕は恐る恐る、その場所に近づき……、次の出来事に絶句した。


「ああー! ニンゲンの姿に戻ってるぅ!」


 自分の体をあちこち見回す少女がそこにはいて、その少女の頭には獣の耳が生えていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る