第3話 ファーリス村でひと騒動の後、冒険者登録を

 ジャイアントオークを倒してから数日、陽が落ちた頃に僕とルアは無事にファーリス村へと到着することができた。

 幸い、ジャイアントオークから受けたダメージは、ルアの手当てのおかげで回復していた。


 早速僕たちは冒険者の登録をするため、ファーリス村の酒場へとやって来る。

 王都では冒険者専用の協会があるのが普通だが、こういう小さな村では酒場と兼用されていることが多いのだ。


 酒場の中に入ると、カウンター越しに女性の姿が見えたので冒険者登録をしに来た旨を告げる。

 茶色の髪を後ろで束ね、いかにも落ち着いた大人のお姉さん、という印象だった。


「ようこそ、ファーリスの村へ! 私は受付嬢のアオイと申します。まずはお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「僕はリジル。リジル・クラフトです」

 家名まで出したくは無いが冒険者の登録だ、仕方ない。

 そう考えてアオイさんに名乗ったその時、


「クラフトぉ?」

 予期せぬ方向から声がかかった。


「誰かと思えば、勇者一族なのに欠落紋を引き当てた落ちこぼれ剣士さんじゃないッスか」


 後ろを振り返ると、何やら虚ろな目をした男が絡んできた。

 酒の匂いもひどく、酔っ払っているのが分かる。


 いかにも戦士風の、大柄なスキンヘッドの男だ。

 体を鎧に包み大型のバトルアクスを背負っている様子から、おそらく冒険者だろう。


「こんな田舎まで何しに来たんッスかあ?」

「……冒険者登録をしに来ました」


 まともに取り合うのもバカバカしいが、冒険者登録をしに来て初日だ。

 余計な騒ぎは起こしたくない。


「冒険者登録ぅ? ああ、王都じゃ家からも追い出されたって話ッスからね」

「……」

「貴族ともあろうもんがいい気味ッスね。ああ、今は貴族でも無いんでしたっけ? ハハハッ!」


「ちょっとドゥーベさん、いくらお酒が入っているからって失礼ですよ!」

 アオイさんが止めに入るが、ドゥーベと呼ばれた男は聞く耳を持たなかった。


「いいんッスよ、アオイさん。貴族ってのはどうせ自分のことしか考えてない野郎ばかりなんッスから」


 ドゥーベがそこまで言った時、ルアが割って入った。


「お言葉ですが、リジル様はそんな方じゃありません」

「おやぁ? さっすが名家のお坊ちゃんは違いますね。こんな可愛い女の子を侍らせてるなんて。ちょうどいいや、一人で飲むのも寂しいと思ってたとこだったんッスよ」

「痛っ!」


 ドゥーベがルアの手を掴んだ瞬間、僕はショートソードを抜いてドゥーベの前に突きつける。

 僕だけならまだ良いが、ルアにまで絡むのは見過ごせるはずがない。


「欠落紋の落ちこぼれ剣士がいい度胸ッスね。いいッスよ、やろうってんなら表でやりましょうよ」

 ルアから手を離したドゥーベは酒場から出ていこうとする


「ちょっとリジルさん、駄目ですよ! あの人、今はあんなですけどシルバーランクの冒険者なんですから! 登録して初日のあなたじゃあ……」

「大丈夫ですよ。リジル様は負けませんから」

 アオイさんの制止する声に、ルアがそう返す。


 そうだ。負けるわけにはいかない。

 僕はドゥーベの後を追って酒場前の広場に移動した。



「俺が勝ったらお嬢ちゃんに付き合ってもらうッスよ!」

 ドゥーベはバトルアクスを構えると、こちらに向かって突進してきた。


 シルバーランクは、冒険者の中でも強さを評価されないとなることができないとされている。

 確かに、ドゥーベの強さはかなりのものだろう。

 重いはずのバトルアクスと鎧を装備しながらも、素早い動きで距離を詰めてくる。


 だが、ジャイアントオークの素早さを経験した後では、その動きを見切るのもそう難しいことではなかった。


「フッ!」

 僕は豪快に振り下ろされたバトルアクスをショートソードでいなし、体勢を崩したドゥーベに横払いの一撃を与える。


「ぐぅ!」

 後方へ弾き飛ばすが、すぐにドゥーベは体勢を立て直してこちらに再度突進してくる。


「なかなかやるようですが、俺のスキル【武具錬成】で生み出した鎧に並の攻撃は効かないッスよ」


 確かに、硬い鎧に攻撃を遮られてか、さほどダメージは与えられていないようだった。


 どうする? スキルを使うか?


 そう考えたが、【命中率上昇】のスキルの効果でジャイアントオークを倒したんだとしたら、それを人間に使うのは流石に気が引けた。

 と、僕は右手の甲を見やる。


===========

・命中率上昇(範囲小)

・スキルブレイク

===========


 ジャイアントオーク戦で習得したもう一つのスキル【スキルブレイク】。

 ドゥーベの武具がスキルで生み出したものなら――。


 念じて右手に力を込めると、欠落紋が輝き出した。


 僕は素早くドゥーベの懐に入り込み、


「【スキルブレイク】!!」

「なっ!」


 再び鎧に一撃を加える。

 すると、鎧は鏡が割れるような音と共に消滅してしまった。


 良かった。上手くいったようだ。


「こ、この――」

「遅いっ!」

 僕は再び【スキルブレイク】を発動し、斬り下ろしでバトルアクスを破壊する。


「酔いは醒めましたか?」

 尻もちをついたドゥーベに剣の切っ先を向けて降参を促すと、ドゥーベは呆気にとられた顔でコクコクと頷いていた。


「さすがリジル様です!」

「す、凄い……。シルバーランクのドゥーベさんを圧倒するなんて……。ドゥーベさんの武具はドラゴンの攻撃にも耐えると言われていたのに。ゴールドランク、いや、それ以上の実力があるんじゃ……」


 後ろで見ていたルアが声をあげ、アオイさんがそれに続く。

 そう褒められるとくすぐったいが。


「そうだ、リジルさんなら村の問題を解決してくれるかも! 私、村長さんに伝えてきますね!」

 アオイさんは何かに納得すると、駆け出して行ってしまった。


「あの……、冒険者登録を先にしてほしいんですが……」

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