第38話 前王妃エンフィーネ

俺は母上のことを思い浮かべながら、ゆっくり話し始めた。


「母上は産後の肥立ちが悪く、俺を産んだ後から徐々に体調を崩すようになった。ただ、公の場に出る時はいつも凛としていたため仮病ではないかと噂をたてる輩も少なからずいた。その筆頭が第二王子を支持する最大派閥、宰相グループだ。母上は王族として品格を守るため必死に体に鞭打ってできる公務をこなしていたが、王さえも王への抗議のために公務を怠っているのではないかと疑うほど、完璧に隠し通した。母上は王を信じられなかったんだろうな。王を好いてはいても、好かれている自信がなかったから………弱みを見せたら王妃の座も奪われると恐れていた」


俺は眉間に皺が入りそうなのを必死に堪えながら平静を装い続けた。


「完璧に隠し通せていたのは、母上が調薬魔法に長けていたからだ」


「調薬魔法とは、治癒魔法の次に素晴らしい能力ですね。前王妃様が使えるなんて初耳です」


「あぁ。アルストロメリア帝国の王族は使用できる魔法を秘匿しているからな。嫁いだ時も不必要に魔法を要求されても困るからと開示しなかったらしい。まぁ、母上は元々そんなに丈夫じゃないから魔法を使うと命を削る行為だったからそれも考慮してのことだったかもしれない。ただ、母上は魔法を使わずとも薬の知識が豊富だったためどんな薬でも調合できた。だから医者にかからず自分で調合した薬を飲んでいたため仮病という噂にも拍車をたてたのだろう………だが、あるとき前日まで平気だったのに危篤状態に陥った時があった」


「危篤!?そんな大変な事態があったなんて知りませんでしたわ」


「あぁ。王妃がそんな状態なんて外交に響くからな。王が秘匿した。なんとか持ち直したが、私は誰かに毒を盛られたのではないかと思い、母上に何か直前に口にしたか、と問いかけた。母上は笑って誰かに盛られたわけじゃないと首を振った」


「でも、危篤状態に急に陥るなんて怪しいですわね。未だに犯人は捕まっていないのですか?」


ディアは誰かに盛られたという前提で聞いてきた。


「………母上だ」


「………え?」


「母上が自分で毒を飲んだ。私が問い詰めたら、量を間違えちゃったみたい、と無邪気に笑いながら答えていた」


私は顔を見られないよう、ディアの頭を俺の肩に押さえつけるように忙しなく撫で続けた。


「笑い話ではありませんよね?」


「あぁ」


「母上は立つこともままならなくなってきたから、試しに作った麻薬を試した、と白状した。あの気丈な母上が………泣き笑いながら………。私は思った。あぁ、もうダメなのだと」


馬車の外はいつの間にか大雨で、俺の心の中を現しているかのようにザァーザァーという音をたて馬車の窓に打ち付けていた。ディアは俺が落ち着くのを待つかのように何も話さず、身じろぎもせず、ただ待っていてくれた。



「私は調薬魔法が使える母上の子だから、いつか治癒魔法が使えるようにならないかと、アルストロメリア帝国に渡り魔法を研磨していた。アルストロメリア帝国の王にも母上を助けて欲しいと懇願した。ただ、病気まで治せる稀有な、奇跡のような治癒魔法師は近年産まれていなかった。皮肉なことに母上が亡くなってもう用がない成人間近の俺が使えるようになったがな」


俺は自嘲気味に言った。


「だから私は少しでも助けたいと、幼いながらに考えたよ。そうそう麻薬が作れる材料を手に入れるのは難しかったからいつも様々な薬草で麻薬もどきを作っていた。その度に、どのくらいの量を飲めば母上にちょうど良いか私が試すよ、と。母上は自分のために我が子を犠牲にすることは心苦しいと拒否したが、私は嘘をついた。麻薬の効きを確認したら、毒薬授業の解毒剤を飲むからと」


「エンフィーネ様は信じたのですか?」


「どうだろうな。そんな嘘も見抜けないほど弱っていたか、分かっていても私に頼らざるおえなかったか………」


「でも、レイ様が体調悪くなったら周りの者が心配しますよね?」


「いや。第一王子とは名ばかりだからな。皆私を放っておいてくれたさ」


そう言い終わったのち、あぁ、と思い出したことがあるようにつぶやいた。


「どうされましたか?」


「ディオルゲルには気付かれたことがあったな」

俺は懐かしい、と目を細めて思い出していた。


「お兄様、もっとちゃんとレイ様をお助けしてくださればよいのに気づいて終わりだなんて」


「私がほっておいてくれと言ったからな。あの頃は、第二王子派による毒殺未遂とかもされていたが、それさえも隠したかった。芋づる式に母上の毒薬もバレてしまうのではないかと子供ながら恐れていたから」


「お兄様は役に立たないですわね」


「そう言ってやるな、あいつも子供だったのだから」

俺は明るく笑って、この話は終いだ、という感じでディアの方を向き、


「そろそろ公爵邸だ」

と伝えた。


「お話してくださりありがとうございました、レイ様」


「いや。妖精には司教の手元にある毒薬を母上の調薬魔法を付与した良薬にすり替えてもらった。母上が命を削って作った良薬だと調べれば調べるほど出てくるように手筈を整えて待ち構えておこう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る