第36話 妖精と結託して

俺とディアは、皆が待っている階下へと戻った。


「妖精はどうでしたか?」

降りてくるなり、司教が話しかけてきた。


「あぁ。まぁとりあえず、席に着こう」

俺はディアにダイニングの席を薦め、その隣に腰を下ろした。司教も向かいの席に座ったが、サンジュリアンとエドモンはソファの方から動かなかった。



「妖精は………エンフィーネ…の名前をだしていた」


俺の母上の名前を聞いたとき、司教はわずかに机の上で組んでいた手をギュッと握りしめたが顔色は変えなかった。


教会のトップの座に君臨しているだけある。


「心当たりあるか?」


「いえ」


「ずいぶん即答だな?もっと考えてもいいんじゃないか?我が国の先代王妃の名前なのだから、先代王妃様では?とか言わないのか?」

俺は嘲るように言った。


「そういえば先代王妃様のお名前でしたね」

さすがに知らないと言うわけにもいかず、さも今気づいたとばかりに司教は平然と言った。


「………まぁ、先代王妃なんてそんなに国政に出てこなかったからな。国民には馴染みないだろう。先代の代から、第2夫人が現王妃のような顔してたしな」

俺は皮肉げにそう言い先を続けた。


「妖精が言うには前王妃と仲が良かったから前王妃の残り香がある場所にいついてるだけなようだ。王宮や俺の周りは妖精が見える奴が多いから避けた結果、この教会にたどり着いたらしい」


ここでサンジュリアンがソファーから立ち上がりこちらに近づきながら口を挟んできた。


「前王妃様はこの教会に一度しか来たことがないぞ。それなのに残り香があるなんて不思議じゃないか?」


「妖精の言う残り香というのは、人の想いみたいなモノを感じとる、ということらしい。まぁ、意識して探さないと残り香は探し出せないらしいがな」


サンジュリアンは少し考えるように顎に手をあてた後、険しい顔をしながら俺の目を見て

「教会に前王妃様の想いが漂っているってんなら、あの事件のせいだろう………。どうせお前もそのことが言いたいんだろ?」


「俺もそう思った。母上は無念だったと思うから。だが妖精が言うには、悪い想いではないというんだ。なんか、清々しいというか、そんな気が漂っていて、その中でもローザを包み込むような気が漂っていて心地よかったとも言っていた。だから彼女を守っていたと」



サンジュリアンは、何をいっているんだ?という顔で俺を見てきた。それはそうだ。妖精のせいで俺の治癒魔法が効かず治せないのだから。


「妖精が言うには、妖精は仕方なくローザに憑いたらしい。憑かなければすぐ死ぬくらい弱っているそうだ。妖精に治癒魔法は効かないから、治癒魔法を使いたければ妖精は

離れてくれるらしいが、離れた瞬間死ぬかもしれないと言っている。だが、治癒魔法が間に合えば生きてるかもな、という一か八かだ」


「なんか、助けてもらってるのかどうなんかわからんな」

サンジュリアンが苦々しげに言った。


「まぁそうだな。あくまで妖精の言い分だから、気にせず憑くのをやめさせてもいいが、本当に死んだらもともこもない」


ここまで黙っていた司教が驚いた顔つきをして俺に向かって言った。

「エンフィーネ様は、あの子……ローザが死ぬことを望んでいました。そんな残り香なんて信じられません」


俺は引っ掛かった、と心の中で思いながらも顔には全く出さず、さも心外だという顔つきで続けた。


「先ほどは母上の名前も覚えていなかったのに、今度は随分な言いぐさだな。母上は、一国民にそんな感情を持つほど狭量ではなかった。確かに気が狂っているのではないかという手法を取る人ではあったが………」


「………。エンフィーネ様は、教会のことを、いえ、私のことを恨んでいました。実際わたしのところに死ぬ間際、毒薬を送ってきました。娘に使ってやれ、と手紙も添えて」


俺は乙女ゲームの俺の断罪シーンで、エンフィーネが教会に毒薬を送っていたことを知っている。母上は最後は自暴自棄になっていたため、そのままの意味で送ったのだろう。だが、それをそのままの意味ではなく、今回は利用することにした。


そのとき、打ち合わせ通り、妖精が急に司教と俺の間に現れた。


「その毒薬、本当に毒薬か?」


司教はビックリしてガタッと席を立った。俺は妖精が来るのは想定外という風にすかさず妖精に声をかけた。


「何しに来た?」

声に抑揚をつけず、突き放すように言った。


「フィーネの話しが出てた。フィーネを悪く言う奴は許さない。お前じゃどうせフィーネを庇うことはしないだろうし」 


「なんだと?」

俺は妖精を睨みつけたが、妖精には効いていなかった。


「本当のことだろ。お前は母親である王妃を避けつつ、第二王妃にも媚びてたんだからな」


「そんなことはない」


「いーや。フィーネの薬製作だって」「おい、何をいうつもりだ?王族の私生活を言いふらすと不敬罪になるぞ」

俺はそれ以上言わせないという感じで妖精の言葉を遮った。


「妖精に不敬罪と言われてもな」

俺はそれ以上話し続けると、斬りかかる勢いの殺意を妖精に放った。


「だからお前と話すの嫌なんだよ。次はディアちゃんだけにしてくれる?………とりあえずフィーネ坊やが怒るからこれだけ言って帰るよ」


「何も言うな」


「はいはい。まぁ俺はフィーネが悪く言われることが嫌なんだよ。フィーネが毒薬を使うのは坊やにだけだよ」

妖精は司教にニヤッと笑いかけた後、姿を消した。


「やっと去ったか。妖精は扱いにくい」

俺がそう言うとサンジュリアンが

「お前、今のどう言うことだ?前王妃様がお前に……毒薬って……?」

驚愕と激怒が入り混じったかのような顔つきで問いかけてきた。


「それは母上とも話がついている。問題にすることじゃない」

俺はそれ以上の質問は許さないという風に答えた。


しばらく沈黙があったのち、

司教が立ったままなのに気付き、改めて席に戻り、

「はぁ………前王妃様の件は推測で物を言ったため、妖精を怒らせてしまったようだな。とりあえず、前王妃様のことは置いておいて、娘を助ける方法を妖精と模索したい」


そう司教は漏らした。



「妖精は気が向けば姿を現してくれるみたいだな」

サンジュリアンはボソッと呟いた。


「そうだな」

俺は静かに答えながらも、表情を歪め、


「先程の件、妖精には問いかけないでほしい」


司教は黙ったままだったが、サンジュリアンやディアは頷いてくれた。


ディアが

「私が責任持って立ち合いますわ」


そう言って、もう夜も更けていたため、お開きにすることにした。



"さて、司教は王子の頼みを無視して、妖精に問いかけに行くかな。それか、今の話から貰った薬を見に行くか。どちらに進むか、楽しみだ"


俺はそんなことを思いながら、教会をあとにした。

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