第34話 司教の娘
ほどなくして、サンジュリアンが相談室に入ってきた。
「サンジュリアン、司教に私が来ることを漏らしたな」
サンジュリアンは申し訳なさそうに頭をかきながら
「面目ない。妹が助かると思うと嬉しくてつい」
「………最近、つい、とか、言いたくなって言った、とか言うやつが増えたな。最近の貴族は素直になったのか??」
俺はげんなりしながら小声でぼやいた。
「正攻法にしてよかったよ、まったく。私の計画がとんだ茶番になるところだった」
「レイモンドは何か企んでいるのか?」
「ロデルナの領主にエドモンをつけたいからな。企んでいたが先程正攻法で問題なく司教の推薦を得ることが出来た」
「そうですか」
「それはそうと、サンジュリアン。君はレオンハルトの側近候補だ。今回限りで私に気安く話しかけないでくれるか」
「なぜ。第二王子殿下の側近候補になった理由は、俺の出身を知ってるお前ならもうわかってるんだろう。だから幼少のときからの友として付き合っても」
「何を言ってる。理由など知らん。王太子争いがこれから始まる。どちらにも良い顔していると身の破滅を招くぞ」
「そんな!どちらにも言い顔をしてるだなんて」
俺は王妃の怖さを知っていたため警告も兼ねてあえて冷たい口調で言った。
そして優しいサンジュリアンが今回の件で俺に恩義を感じて親しく接してくるのを防ぐためわざと傷つける言い方を続けた。
「私は去った者を追う趣味はない」
"お前、王妃に目をつけられるなよ"
「さぁ、この話は終わりだ。早く妹さんのところに連れていけ」
「………わかりました………殿下」
今まで話したことに対するわかった、なのか、どうなのか、気にもなったがまぁ行くとしよう。
相談室を出て、教会の敷地奥に司教の住まいがあった。妹はどうやら司教と一緒に住んでいるらしい。家の前で司教が待っていた。
「遅かったね」
司教が暗い表情のサンジュリアンにそう話しかけた。
「わるい」
サンジュリアンは軽く謝りつつもそれ以上は話さなかった。
司教はそんな様子を見て呆れつつも、俺たちを娘さんがいる部屋へと案内していった。
同い年に見える女性がベッドに起き上がって待っていた。妹といってもそんなに歳は離れていないのだろう。
「ずいぶん今日は顔色がいいね」
サンジュリアンは入るなり、そう女性に話しかけた。
「ええ!今日病気を治して貰えるかもって聞いて昨日の夜寝れなかったの!お父さんにも何回も治る!って言っちゃったわ!」
彼女はとても嬉しそうに話した。
「もし、ダメだったらどうするんですか、父さん」
「もうお前の父親ではない。司教様と呼べ」
「はいはい。司教様」
「お前が治せると言ったんだ。治るのだろう?」
「俺が治す訳じゃないからなぁ」
サンジュリアンは心配げに俺を見た。
「まぁ、診てみよう」
俺は彼女のベッドの側に行き、彼女をみつめた。
「俺はレイだ。特に怖いことはないが、手を握らせて貰うがいいか?」
「はい」
彼女は頬を赤め、先程のハキハキ感はなくなり恥じらう乙女になった。
俺はそんな様子が可笑しくからかいたくなった。
「先程とは全然違う態度だな。借りてきた猫のようだ」
「そんな!だって、こんな格好いい人に会えるだけでもビックリなのに、手を握るなんて!きゃーーってかんじです!」
「ははは。元気だな」
俺はそんな会話をしながらも手を握り、治癒魔法を使っていた。
彼女は元気そうに振る舞ってはいたがかなり体はやつれていた。治癒魔法を送っても送っても吸い込まれる感覚があった。
"なんだ?治癒魔法を送っても送っても、どこかブラックホールに吸い込まれるイメージがするぞ"
俺はなかなかうまくいかない状況に、会話をせず真剣に力を使い始めたため、周りは静寂に包まれた。
ふと彼女の側で、抵抗するような力が働いていることに気がついた。
そちらに目をやると、小さな小さな妖精がいた。
"え!?"
妖精はこちらを見て睨んでいた。
"なんでここに妖精がいるんだ?てか、なんで抵抗されてるんだ?"
「ちょっと治癒魔法だけだと治りそうにないな」
俺は治癒魔法を止め、握っている手を離した。そして司教に向き直りそう伝えた。
「どういうことでしょう」
「彼女には妖精が悪さしてるみたいだ」
「はぁ」
司教は訳がわからないという顔をしていた。それはそうだ。この国では伝説の生き物級だ。俺の母上の国でも王族くらいしか見たり話したり出来ない。
「つまり治せない、ということでしょうか」
「いや、彼女の体を治す邪魔をされているから、妖精を倒すか、話して解決するか、だな」
倒す、といったところで、妖精がビクッと体を震わせているのが横目で見えた。
「ただ、妖精を殺すのは災いを呼ぶから良くない。そもそも、妖精が人に固執することが少ないのになぜこんなことをしているのか……」
妖精を見ても答えはない。
「ちょっと休憩しよう」
妖精と話すには、情報収集が必要だ。
少女が不安そうに俺の服を掴んできたため
「治らないわけじゃないから安心しな」
そう言って優しく服から手を外させ、この部屋から離れることにした。
一階のリビングに行き、椅子に腰かけた。
"どういうことだ?乙女ゲームでヒロインは問題なく治癒魔法で治していたよな……何かゲームと違うのか?"
少し遅れて皆が二階から降りてきたが、俺が沈黙していたため誰も話さない。
目の前には暖かいお茶が運ばれてきた。
俺はお茶を一口飲んだ後、静かに口を開いた。
「妖精に目をつけられるような行いをした覚えがある者は?」
サンジュリアンがすぐ質問してきた。
「妖精ってなんだ?そんなもの本当にいるのか?」
「アガパンサスでは見たことないな。魔法も廃れているこの地では、視る力を持つ者はいない。だが、アルストロメリア帝国では一定数いる」
「なんでそんな貴重な生き物が、ローザに憑いてるんだ」
「言葉に気を付けろ。憑いてるんじゃない。ただ、いついてるだけだ」
「同じじゃねーか」
「違う。妖精を悪く言うと機嫌を損ねる」
「………」
「妖精に付きまとわれる覚えがあるやつなんているわけないか………」
俺は少し考えさせてくれ、と言ってロッキングチェアにうつりキコキコ揺れながら考えることにした。
"妖精に聞くのが早いが、素直に言うこと聞くか……どうしたものか……乙女ゲームとの違いはなんだ?………もしかして、ロイか?この親子に俺が関わったことなんてロイのこと以外ない。ロイが生きていることによって何か変わった?"
俺はロイ辺りで攻めて話していくか、と決めた。
「妖精と二人で話そうと思う。だがローザが起きていると話せない。睡眠魔法をかけていいか?」
と俺が司教に言うと、すぐさま反応したのはサンジュリアンだった。
「おい、ローザと二人きりは不味いだろ」
「俺が何かするとでも?」
「そういう意味じゃない。世間的に、だ」
「わかっている。ディアを同席させよう」
「なんで俺じゃだめなんだ?」
「妖精は少年の形をしていた。おそらく、男2人だと話せない」
"本当は妖精とうまいこと話をつけれたら利用したいからな"
「サンジュリアン、孤児院にいるディアを呼んできてくれ。エドモンと護衛騎士が側にいるはずだ」
「わかった」
ふてくされながらも素直に行ってくれるようで安心した。
しばらく待っていたら、ディアとエドモンがやって来た。
「レイ様、急ぎだと聞きましたわ。どうしたのですか?」
ドアが開いて俺を見るなり血相を変えてかけよってきた。
俺は椅子から立ち上がり、
「俺に何かあった訳じゃない。そんな心配そうにしなくて大丈夫だ」
そうディアに優しく言った後、
「サンジュリアン。どんな言い方をして連れてきたんだ」と睨んだ。
「すまん。早くしたかったから説明は省いたんだ。できるだけ早く来てくれと言われた、とだけ」
「俺はそんなこと言った覚えはないが」
「すまん……」
ディアはその様子を見て、本当に急ぎではなかったのだと安心したようで、胸をなでおろしていた。
「はぁ、ビックリしました。サンジュリアン様が急げっ、早く、早く、と急かすものですから、レイ様に何かあったのだわと思いましたわ」
エドモンも同意のように大きく頷いた。
サンジュリアンはまた何か言おうとしたがどうせ言い訳だろうと放っておき、ディアに状況を説明した。
「さてと、妖精とティーパーティーと行くか」
俺は、カチャカチャと目の前にあるティーセットと菓子を持って2階にディアを伴ってあがった。
2階に着いた後、俺はディアの耳に顔を寄せ囁いた。
「俺に話を合わせてくれ」
ディアはそれだけでわかったようで俺に頷き返した。おそらく状況説明を聞いた時、賢いディアは瞬時に理解したのだろう。共犯者に選ばれたのだと。
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