第3話 洋館と魔女
洋館は二階建てで、中に入るとすぐに大きな階段があった。沢山の部屋があるみたい。すごいお屋敷だな。
ちなみに下駄箱もなかったし、「こういう所はヨーロッパと同じで土足でいいのよ。たぶん」と松田さんが言ったので、私たちは靴のままだ。
中は昼間なのに薄暗くて電気のスイッチもわからなかったけれど、目的のトイレはすぐに見つかった。あ、お花をつみに来たんだからお花畑? まいっか。
「ううっ、遅いなあ」
松田さんが出てくるのを待っているけれど、不気味すぎて早く帰りたい。こういうのって絶対に吸血鬼や魔女が住んでいるやつだ。そういう話をネットで見たし、松田さんが出てきたら帰ろうって言おう。
きっとここは人が住んでいないんだ。夏の肝試しにはうってつけかもしれないけれど、正直言って私は怖いのが苦手だし、グループ学習でここを紹介するのは気が引ける。
「こんな薄暗いところ、誰も住んでないよね?」
「そうとも言えない」
隣にいた長谷川さんは私のつぶやきに反応すると、洗面台まで歩いて蛇口をひねった。すると当然だけど、勢いよく水が出る。何やってんだろ?
「思った通り。やっぱり水が出る」
「どういうこと?」
「わからない? 水道代を払っていないと水は止められる。少なくともこの建物は水道の契約がされていて、水道料金が支払われている」
「へ、へえー」
なんか契約とか難しいけれど、つまりお金を払っている人がいるからちゃんと水が出るってことだよね。
「そして――」
長谷川さんは今度は窓に近寄って、サッシの部分をつつつと指でなぞった。
「ホコリがない」
私の方へと向けられた彼女の人差し指には、たしかにホコリが少しもついていない。
「この洋館に入った時から思っていた。人が住んでいないにしてはきれいだって。このホコリの量、ちゃんと掃除されている。つまり、ここには人が住んでいる」
「やっぱりそういうことだよね! どうするの私たち不法侵入だよ! ドロボーと間違えられるよ!」
「うん。でも入ってしまったのはしょうがないから、ごめんなさいって謝るしかない」
許してくれるかな?
もしここに住んでいるのが悪い魔女や吸血鬼だったらどうしようっていう、子どもっぽい妄想が止まらない。とにかく松田さんが出てきたら――。
「ひゃああああっ!?」
ええ、なになに!? 私の首筋に冷たいものが!
ああ、やっぱり幽霊が私たちを食べようと!
驚きのあまり七転八倒した私は、転げまわりながらもなんとか勇気を出して振り返る。
「やーい、ひっかかった~。アハハ、彩花なによその格好~」
――満面の笑みの松田さんがそこにいた。
手を洗った後の濡れた両手を、楽しそうにプラプラとさせている。
私の首筋に当たったのはあれだ。
「もー、松田さん! 男子みたいなイタズラしないでよ!」
「ごめんごめん、でも彩花があんまりにも無防備で、アハハ」
「もー!」
さっき私を「お子ちゃま」と言ったのは誰だとツッコミをいれたくなるけれど、それを言うとまた話がこじれる。それよりも今は、一秒でも早くここを出て……ん? 何か音がするような?
「ちょっと松田さん、何か音出してるでしょ。怖いんだからイタズラはやめてよ」
「え? 私はなにもしてないわよ。でも確かに聞こえるわ」
「うん。私にも聞こえる」
長谷川さんも静かにうなづいて同意する。少なくとも松田さんのイタズラじゃないし、私だけに聞こえる空耳でもない。その音は「コツ、コツ」と、少しずつこちらに近づいてきているみたいだ。たぶんこれは――。
「足音?」
――足音だ。コツコツと響く音は、足音で間違いない。
「そう言えば長谷川さん、さっき人が住んでいるみたいって言っていたよね。もしかしてこの家の人かな?」
「そうかもしれない。けれど違うかもしれない」
違うかもしれない?
「どういうこと?」
「私たちはさっきから、大きな声で話しをしている。あっちにも聞こえているはず。誰もいないはずの家に帰ってきたのに、話し声が聞こえる。上林さんならどうする?」
「えーっと、『誰かいるの?』って聞いてみるかな……あっ!」
「そう、普通はそうする。泥棒だったら危険だし、警察を呼んだ方がいい。それをしないで近づいてくる。もしかしたら……」
そこまで言って、長谷川さんは黙ってしまう。
「え、ちょっとなによ長谷川! 中途半端に言わないでちゃんと言いなさいよ!」
「まさか本当に……幽霊?」
「お、おバカね彩花! 足があるってことは幽霊じゃないわよ!」
「そ、そうか!」
「そういう問題でもないと思う」
そうしている間にも、コツコツという足音はどんどん近づいてくる。
そして薄暗い廊下からぬうっと人影が――。
「ボンジュ~」
「「幽霊だああああっ!?」」
「あ~ら、驚かせちゃいました~かね、お嬢さん方」
「「きゃああああっ!?」」
「ちょっと待ってくださ~い、ここの明かりを灯すには少しコツが……ほらつきまし~た」
パッと明かりがついて、薄暗かった洋館の中が照らされた。
現れたのは紫色の服を着た、金髪で外国人風の大人の女性。
年はうちのお母さんよりも若く見える……けれど、どこかお婆さんみたいな雰囲気もあるし、不思議な感じだ。
紫色の瞳に、同じ色のリップ。頭にはつばの広い先の折れたとんがり帽子。首には春先だというのに黒いマフラーを巻いている。
「ほら、二人とも落ち着いて。この人は幽霊じゃない」
「……本当に? 魔女でもない?」
幽霊じゃないというのなら魔女っぽい。すごく魔女っぽい。
今日はハロウィンじゃないから、多分本物の魔女だ!?
「オホ~ホ、魔女でもありませ~んよ。私の名前はマダム。この変なモノ博物館の館長を務めていま~す!」
「変なモノ博物館?」
聞きなれない単語を、そのまま聞き返す。
「あ~ら、てっきり博物館のお客様と思って声をかけたのですけ~ど?」
「あの、こんにちはマダムさん。私の名前は上林彩花です。こっちは松田さんに長谷川さん。私たちはグループ学習でこの角隈山に来て、それでお手洗いを借りようと……。勝手に入ってごめんなさい!」
「オホホ、まあそうなのです~ね。どうぞ気になさらない~で。そうだ、せっかくだしここを案内してあげま~しょう。ついていらっしゃ~いな」
そう言ってマダムさんは、廊下を歩き始める。
私は二人に目配せをして、小声でつぶやく。
(どうする?)
(行くしかないと思う)
(でも、知らない人にはついて行っちゃダメだって……)
(そもそも、ここへ勝手に入ったのは私たち)
あ、そっか。そして失礼にも初対面で悲鳴を上げたのも私たちである。
(えー、絶対怪しいわよあの人!)
(大丈夫。危なかったら逃げればいい)
(長谷川、あんた作戦でもあんの?)
(うん)
さすがは学年一の秀才長谷川さん!
何かきっと、私では想像もつかないような頭良い感じの作戦が――、
(走って逃げる)
――力技! 私って足もそんなに速くないんだけれど、どうしよう!?
「ほ~らお嬢さん方、早くいらっしゃ~い」
行かないという選択肢は存在しない。そう感じた私たちは、マダムさんの後を追った。
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